OREAD Diary
January 1-31, 2011


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January 31, Monday 2011

日本海側の大雪のニュースには心が痛む。本当に気の毒だ。3メートルを超す雪が積もっている地域がある。30センチ積もっても大変なのに。辰野は今日は寒かったけれど雪は降らず、晴れ間が出た。



右の写真は小柿(こがき)の木の写真。実の落ちた小さなヘタが枝にいっぱいついていて、青空を背景に模様のように浮かび上がり、美しい。

終日、ああでもないこうでもないと翻訳。ほぼ全部訳し終えたが、細かいところでいくつか修正する必要がある。


                        ■

「キング牧師の日チャリティーコンサート」にご協力いただいたみなさんへ:

チャリティーコンサートの際はご協力いただきありがとうございました。本日、お寄せいただいたお金を民際センターへ送金しました。今年は多くの方々のご協力を得て、カンボジアの子供5名、ラオスの子供4名、計9名を一年間学校へ通うお手伝いができることになりました。詳細は次のURLをクリックしてください。
http://www.secondwind.jp/kingfurikomi2011.htm


January 30, Sunday 2011

午後になって粉雪が降り始めた。本当に細かい雪。積もる心配はなさそうだ。それでも夕方、岡谷へいくために、農道から旧道へ下りるときは注意しなければいけないほど積もっていた。国道に出ても、雪が少しあり、路面が凍っていそうで、ゆっくりと進む。ところが川岸から岡谷に入ると雪がない。こんなに近くても、降雪量が違う。

久々のLSEのクラス。近況を話してもらってから、用意していった短い物語を訳してもらうことに。今までは発音とリズム、そして会話を中心に勉強してきたが、今年は少しリーディングに力を入れてみようと思う。最後に残った時間、歌いたい歌をリクエストしてもらい、Amazing Grace, Sailing, Roseの3曲を歌う。何年か前、初めて Amazing Grace を歌ったときは、なかなかリズムがとれなかったことを覚えているが、今はみなさんしっかりと歌える。

9時過ぎ家に戻り、Baby Driver の対訳再開。歌を単に聞いているのと、その歌を翻訳しようとするのとは、聞き方においてかなりの違いがある。この歌は単純な歌に見えて、暗喩が多用されていて難しい。その暗喩のすべてがかなりセクシャルである。タイトルからして、 Baby を、 Driver を修飾する形容詞ととるか、Drive の目的語として、つまりBaby をDriveする人としてとるかで意味は完全に異なる。おそらく後者だろう。



January 29, Saturday 2011

午後、仕事をしているところへ、丸山俊治さんからメール。写真が添付されていた。「今夜の飛び入りライブに向けて練習していると、孫からハーモニカを貸せとせがまれ、ウクレレを弾きながら吹いているところ」と書かれていた。丸山さんのご家族は音楽一家。将来有望なシンガーソングライター。なんといっても格好が様になっている。4歳とのこと。

6時少し前オーリアッドに入り、すべてのマイクをチェックし「スザンヌ」を歌い始めたとき、写真を撮ろうとした家人が「メモリーカードが入っていない」と叫ぶ。歌うのをやめ、メモリーカードを家までとりにいく。戻ってきたら、カウンターに原田和夫さん。そしてしばらくして丸山さん。先ず、ぼくが中断した「スザンヌ」を歌い終えて、丸山さんにお願いする。

昨日お母さんの3回忌の法事をすませたとのことで、先ず「満州の丘」から。そしてぼくはお墓にはまだまだいかないよ、ゆっくり行くよ、と先に行った人たちに語りかける「でんでん虫のように」。そしてぼくの一番好きな「職人になったおじさん達」。ハーモニカつき。最後に JUST で評判がいいという「白雪先生」。そのときまでに、この歌の好きな長谷川ひさいさんもお見えになっていた。

原田和恵さん。今夜は小さい頃から教会で歌ってきたという歌を中心に。「輝く日を仰ぐとき」「主を待ち望む者は」「主が私の手を」。そして君は愛されるために生まれた」。続いては原田和夫さん。先ず、若い頃通っていた岡谷の教会で知り合った人たちの近況から。一人の方は夫と二人で最近安曇野に教会を建て、千葉に住むもうひと方の息子さんは、現在パプアニューギニアで宣教師をされているとのこと。いずれもドン・マカルパインというカリフォルニア州フレズノ出身の宣教師の影響を強く受けたとのこと。ぼくもマカルパインご夫妻には大変お世話になった。続いて原田さん、久々に「キリストには代えられません」。

赤羽真理さん。初めて聞く「精霊の神よ」から「私を待つ人がいる」「御手の中で」「今すぐに」まで。続いて、長谷川さんにお話していただく。彼女は新潟県出身で、先日、ご両親に会いに帰省したとき、大雪で大変だったときのお話。東京で新潟行きの新幹線に乗ろうとしたが雪のためダイヤが乱れ、乗ることのできた列車は超満員。しかし二階席へ行ってみると、ひとつだけ座席が空いていたとのこと(新潟行きの新幹線には二階席があることを初めて知った)。そのあと、高齢のお父さんについてのお話。お父さんと長谷川さんのお互いを思い合う気持ちが伝わってきた。ここで休憩。スプリングスティーンの Seeger Sessions から数曲。






後半トップは大月高志さん。赤羽さんの「千両梨の実」に出てくる「余市原産の千両梨の幹に〜」からニッカの高級ウイスキー「余市」の話をしたあと、先日の「キング牧師の日チャリティーコンサート」でも演奏したマイケル・ジャクソンの「ベンのテーマ」。先日初めて聞いたが、いい曲である。若きマイケルが歌っている YouTube を見つけた。英語の字幕入り。
http://www.youtube.com/watch?v=T5PJVNYlnkE&feature=player_embedded#

続いて丸山さん。昨夜の JUST での中川五郎さんのコンサートがよかったという話をしたあと、高田渡の「永遠の絆」から。そして、「キング牧師の日チャリティーコンサート」で初めて歌った新曲「デノミの灰」。最後に「新宿に降る雪」。

原田和恵さん、大月さんのウイスキーの話を受けて、先日受講したというワイン講座でいただいたという高級ワインの話をしてから「あなたのなされることは」「ゴッド・ブレッス・ユウ」、そして「そばにいるよ」。ぼくが「どこまで歩き続けても」を歌って赤羽さん、「花はどこへ行った」、そして最後に大月さんのサポートで「千両梨の実」。

10時半オープンマイク終了、その後しばし歓談。

家に戻り、写真をアップしたあと、日本対オーストラリアのサッカーの試合を見る。長身の選手の多いオーストラリアは強い。しかし日本も善戦。はらはらどきどきの2時間。午前2時、延長戦に入ったところで、寝ることに。寝る前に、途中までになっている歌の対訳をすませたら、目が覚めてきた。もう一度階下へ降り、テレビをつける。延長選前半が終わる寸前。後半が始まって少しして、長友選手のパスを李選手が見事なボレーシュート。最近見たことのないような美しいシュート。結局この得点が決勝点となり日本の勝利。サッカーには詳しくない。でもぼくが見る限り MVP は長友選手。ドリブルの速さ、相手の攻撃をかわしてクロスを上げる技術、どれをとっても群を抜いている。


January 28, Friday 2011

寒い一日。朝からコンピュータの前。夕方までにかなりはかどったが、いくつか修正する必要がある。

6時、オーリアッドへ。CDの棚を整理していたら、スプリングスティーンの古いフォークソングをブラスバンドと歌った『We Shall Overcome: The Seeger Sessions』が出てきた。久しぶりに聞くことに。1曲目の Old Dan Tucker の前奏が流れ始めるとともに懐かしさが押し寄せる。そんなに前のものではないと思いつつ、調べてみたら、2006年4月にリリースされている。もう5年が経っている。Erie Canal, Jacob's Ladder, My Oklahoma Home と続く部分は圧巻である。

サイモンとガーファンケルのアルバムを探したら、2004年4月にリリースされた3枚組みの「Old Friends 」というリマスターされたアルバムが出てきた。The Boxer, Song for the Asking, Cecilia, Bridge Over Troubled Water などを聞く。ポール・サイモンの才能はすごい。

セイント・セシリアは音楽及び音楽家の守護聖人である。そうすると、サイモンの「セシリア」という歌は、一聴、昼下がりの情事の歌のようにも聞こえるが、彼の歌が生まれるインスピレーションについて書いた歌であると考えることもできる。その両方の意味を込めて訳すことができるか。

11時過ぎ、家に戻ると、丸山さんから、中川五郎さんと一緒に撮った写真が送られてきていた。受信した時間は19:23 。JUST での五郎さんのコンサートの直前である。二人とも Forever Young 。二人とも、セイント・セシリアからたっぷり愛されているに違いない。明日のオープンマイクのときに、丸山さんからコンサートの報告があるはず。


January 27, Thursday 2011

木曜日2クラスの期末試験。授業に比べて試験監督は楽だ。しゃべる必要もないし、すわっていることもできる。試験を作成する大変さと、最も苦手な採点が残されているが。

試験が終わったあと、控え室にいたデイヴィッドにいくつか質問。

  
I have squandered my resistance
  For a pocketful of mumbles


英文学者のデイヴィッドが言う、squander は squander one's inheritance という形で使われることが多い。ポール・サイモンは、

  
I have squandered my inheritance
  For a pockeful of marbles

からの連想で、上記の2行を思いついたのではないかと言う。なるほど、なるほど。inheritance と resistance、mumbles とmarbles。確かに。次にくる、When I left my home and my family, I was no more than a boy. はその reistance のひとつか。しかし、さてどう訳す?

6時前に家に戻り、7時過ぎオーリアッドへ。家人と交替。カウンターにはY先生。昨夜9時のニュースで「偲ぶ会」の映像が流れて、ぼくが一瞬写っていたように思うとのこと。「左の奥にいたか」と言われたが、確かぼくがいたのは右の中ごろ。その後、四方山話。

そうそう、昨日の「偲ぶ会」に「ペ・ヨンジュン」と大書された盛花があった。近くにいた女性に「ペ・ヨンジュンさんというのは誰ですか」と聞くと、有名な韓国の俳優とのこと。その人は彼を通して韓国に興味をもつようになったとのことだった。

昨夜家に戻ったあと、家人に「ペ・ヨンジュンって知ってる?」と聞くと、知らないという。今朝新聞をめくっていたら、ペ・ヨンジュンという名前が目に入ってきた。写真を見ると「ヨン様」だった。「ヨン様」なら知っていた。見たことはないが「冬のソナタ」というドラマも知っている。どうして彼の盛花があそこに?


January 26, Wednesday 2011

「イ・スヒョン君を偲ぶ会」は四谷の主婦会館で午後4時から開かれた。第一部は9階の会場で祭壇を前に、主催者及び日本と韓国の要人の挨拶があった。そして来賓による献花のあと、スヒョン君のお父さんの講演があった。子供を亡くした父親の切々たる思いが吐露され、胸が熱くなった。第二部は6時から、7階のパーティー会場で交流会が行われた。会が始まる前、お父さんとお母さんのところへご挨拶に。ぼくを見るとお二人とも、びっくりされ、本当に嬉しそうに微笑んでくださった。その笑顔を見ることができただけでも、行ったかいがあった。お会いしたのは9年前のこと。覚えていてくださったのだ。

交流会では、映画『あなたを忘れない』の主役を演じたイ・テソン氏の挨拶があった。近くで見るとなかなかいい男である。遅れて献花にきた民主党幹事長の挨拶もあった。スヒョン君の事故のときに寄せられた見舞金をもとに作られた奨学金制度で日本語を学んでいる留学生たちのスピーチもあった。忘れてはならないのは、内山安之さんの歌「君を忘れない〜日韓友情の街〜」。演歌調でぼくの歌とは違うが、上手い。

ご両親は7時15分に新大久保駅で献花をするとのことで、すぐ戻るといって中座された。後から考えるとぼくもそのとき新大久保駅へいけばよかった。しかし、そこに残っていたので、何人かの方々と親しくお話することができた。中でも江本さんという方とお話して大いに刺激を受けた。82歳とは思えぬセキギョク的人生。日本大衆音楽文化振興協会の理事長をされていて、日韓交流のコンサートなども企画されているとのこと。




新宿発8時30分のバスで帰ってきた。辰野に着いたのは11時30分。あたり一面雪景色。寒い。体調も悪く、期末試験の作成も遅れていたので、迷ったが、行ってよかった。Love Is Art. Sturggle Is Beauty. という碌山のことばの後半を説明するときに、スヒョン君のお母さんの美しさについ何度か言及したことがある。「闘いは美」。それは内面の苦悩との闘い。その苦悩と向き合い、それを克服するとき美が生まれる。外にあっては作品として、内にあっては、浄化された魂として。2002年5月に高麗大学鳥致院(チョチオン)キャンパスの学長室で初めてお母さんにお会いしたときに感じた美しさは、今回さらに輝きを増していた。

妹のスジンさんに、昨年男の赤ちゃんが生まれたとお聞きした。よかった。謙虚で控えめなスジンさんを思い出す。



January 25, Tuesday 2011

朝起きたら、うっすらと雪が積もっていたが、ありがたいことに陽のあたるところはすぐにとけてしまった。松本へ。後期の最終日。残すは期末試験のみ。

午後6時、3コマ目の補講が終わって外に出るともう真っ暗。朝から少し体調が悪かったが、補講中に、寒気がし、鼻水が出始めた。真ん前にすわっている学生はマスクをし、咳をしている。風邪だという。インフルエンザではないらしい。明日は東京へいかなければならない。何とかしなければ。

家に戻り、体温を計ると、微熱がある。葛根湯を大量に飲み、新しく入った仕事をする。10時過ぎ階下におり、日本 vs. 韓国のサッカーを見る。稀に見る白熱した試合に。休憩時間に部屋に戻り、仕事を少し。後半、最後の最後、勝ったと思っていた試合がロスタイムになって追いつかれ延長戦へ。それでも結着がつかず、PK戦へ。PK線は見るにしのびない。心臓に悪い。南アフリカのワールドカップが思い出される。仕事をしに、2階へ。

しばらくして家人が上がってきて、「勝ったよ」と教えてくれた。ゴールキーパーが2本止め、韓国の選手が1本はずして3-0だったとのこと。デジタルTVにしてから、各選手の動きがよく見える。長友や遠藤といった選手の素晴らしさがよくわかる。それに岡崎も。

葛根湯がきいたのか熱が下がった。明日は東京へいけそうだ。



January 24, Monday 2011

町の有線放送番組「朗読サロン」のために、前回は宮沢賢治の「告別」と「野の師父」を読ませてもらった。今回はスティーブ・ジョブズが2005年6月に行ったスタンフォード大学卒業式でのスピーチ(抄訳)を読むことに。今日の午後、録音に行ってきた。15分のスピーチを10分ほどに短縮しなければならなかったが、これが難しい。

もうひとつ難しかったのは、実際に朗読を始めたときに感じたのだが、「シュ」と「ジュ」の音。部分入れ歯にしてから、この2つの摩擦音と、2つの破擦音「チゥ」と「ヂゥ」が出しづらい。結局、2度録って、部分的にいくつか修正してもらった。放送は2月1日の朝と夕方、それぞれ6時30分から。わが家には有線放送の装置がないので聞けないが、前回、数名の方から聞きましたといわれた。誰も聞く人はいないだろうと思っていたが、聞いている人がいて驚いた。目の不自由な方々を含め、この番組のファンがいるようだ。

イ・スヒョン君が亡くなって26日(水)でちょうど10年。その日、東京で「偲ぶ会」が開かれると、昨日オンラインのニュースで知った。主催者の留守電に参加したい旨、伝言を入れておいた。今日、参加OKとの連絡があった。ご両親もプサンからお見えになるとのこと。お会いするのが楽しみである。

「キング牧師の日チャリティーコンサート」に、スーザンと共に東京からきて下さった武田晴夫さんから写真が送られてきた。最後まで残っていた人たちで撮った記念写真。動画も送ろうとしたが、無理だったようだ。



January 23, Sunday 2011

昨日の美術館でのイベントの写真のいくつか。上段は保育園のこどもたちの歌。下段は「折鶴」という歌に合わせての手話ダンス。中央のオブジェは多くの方が折った折り鶴が天に昇っていくイメージの柱。それぞれの折り鶴に折った人の願いが書かれている。オーリアッドでも1月8日のオープンマイクのときに、そしてキング牧師の日チャリティーコンサートの日にも、折ってもらった。ぼくが折った鶴もどこかにあるはず。




下は昨夜のオープンマイクから。いまだに余韻が残っている。素晴らしい一夜になった。




午後、お店の片付けにいった以外、一日中。うつらうつら。風邪を引いたわけではないと思うが、鼻水が出て、頭も少し痛い。今夜は早く寝ることに。


January 22, Saturday 2011

今日の午後行われた辰野美術館でのコンサートに対して、今朝までイメージがつかめないでいた。今朝ネットで調べたところ、美術館に展示されている折り鶴のアートワークの作者木村仁さんは、2002年6月、日韓共催のサッカーワールドカップを記念して、日本と韓国の造形作家による松代現代美術フェスティバルを開催したということを知る。そしてそのフェスティバルは以後毎年開催されているということも。
しかも、それは松代大本営地下壕建設のために犠牲になった朝鮮半島から徴用された人々を悼み、平和を祈願するためのものとのこと。それならば、イメージは明確である。

粘土でできた折り鶴が入った素焼きのお椀が波のように押し寄せるステージで、「祈りの歌」「カムサハムニダ、イ・スヒョン」「バード・オン・ザ・ワイヤー」「どこまで歩き続けても」「ガビオタの海」「新しい光迎えよう」を歌わせていただく。素焼きのお椀は神に供物をささげるための入れ物。その中に入れられた折り鶴。その明確なイメージに、今日歌わせていただいた歌が寄り添うものであったらいいのだが。



The first photo by k. miura and the last two by A. Kakiuchi.

コンサート終了後、木村さんが話しかけてくださった。今年7月の松代アートフェスティバルに招待していただけることに。今年はスヒョン君がなくなってからちょうど10年。ありがたいことである。

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今夜のオーリアッドはテキサスのホンキートンクになったかのよう。ヴォーカルのケイト・ホフマンを中心とした「サウスバウンド・シックス」のカントリー音楽は、1曲目の「ワゴンホイール」から聴衆を魅了した。彼らは5時半に到着し、セッティングをし、7時に演奏を始める。噂を聞きつけたALT の先生たちが多数きてくれ、ほぼ満席に。ケイトをサポートするメンバーは、デイヴ・カールソン(ピアノ)、ヨシこと淺川芳章(ギター)、マーティン・シュノール(ギター、バックアップヴォーカル)、サイトウこと斎藤寛(ドラム)、そしてジョン・クーンズ(ギター)の各氏。前半全8曲。2番テーブルに陣取った若い先生たちからヤンヤの喝采。

彼らの演奏のあと、T・オサカさん。今日はスライドギターで歌を披露。サポートは久々登場の山田守人さん。続いて、ALT の先生の中に「詩を読みたい」という人がいて、読んでもらうことに。iPad に書かれた自作の詩を数篇よむ。アメリカ各地の訛りなどに言及した詩は大いに笑いを誘った。彼女の名前を聞き忘れた。常連組を代表して先ず赤羽真理さん「人生の海の嵐に」と「千両梨の実」。激しい音楽のあとの静かな歌。説得力があった。しかし、ほとんどが日本語が分らない聴衆に「千両梨の実」がどのくらい伝わったか難しいところ。続いて山田さん。「ドリーム・ボート」など。久しぶりに聞く山田さんは、やはり山田さん。酒量もブルーズも健在。原田和恵さん「君は愛されるために生まれた」「ゴッド・ブレス・ユウ」。彼女の美声は少々騒がしい客席をものともせず、響き渡る。

前半最後に登場した長身でテンガロンハットをかぶったオリヴァー・カーターはまさにカウボーイそのもの。オリジナルのブルーズから「ジョニー・B・グッド」まで、激しくギターをかきならす。あまりの激しさに、人差し指が弦とこすれて出血。休憩時間に治療する必要があったほど。オリヴァーのサポートはT・オサカ(ベース)、ヨシ(ギター)、そしてサイトウさん(ドラム)。初めて合わせるとは思えないほどに息が合っている。













後半は、山田、原田、赤羽各氏と続いて、後半登場の大月高志さん。「カノン」「戦場のメリークリスマス」の華麗な演奏で聴衆を魅了。そのあと、オリヴァーが再度、ホンキートンク調で盛り上げ、「サウスバウンド・シックス」のメンバー、マーティン・シュノールが「ライフ・イズ・グッド」などのオリジナル2曲を歌う。サポートはケイトを除くバンドメンバー。最後に再び「サウスバウンド・シックス」。「キャロライナ・イン・マイ・マインド」など3曲。ケイトのボーカルが冴え、大きな拍手の連続。アンコールに「ワゴンホイール」。

10時半。7時から始まったオープンマイク終了。しばし歓談、と思いきや、デイヴ・カールソンがケイトと二人で演奏したいとのことで、ケイトが歌い始める。そこへ、太田裕士さんが、「太田裕士と彼のカルテット」の2月後半のツアーのチラシをもって入ってきた。彼にもサックスで加わってもらうことに。「スイート・ホーム・シカゴ」など、ジャズやブルーズが乱れとぶ。最後にはテキサス・トゥウ・ステップのダンスも飛び出し、まさにホンキートンク。

長い一日だったが、とてもいい一日だった。美術館のコンサートに、そしてオープンマイクにご協力いただいた皆さんに感謝。



January 21, Friday 2011

朝、中学校にて読み聞かせ。何を読むか迷ったが、「それぞれの道」ができた経緯について書いた文を読み、この歌を歌うことに。最近続けてこの歌の入った『ガビオタの海』の注文が入った。以前、このアルバムを注文して下さった方に、この歌ができた経緯を質問されたことがある。その後、このアルバムを注文してくださる方には、そのとき質問に応えて書いた一文を同封することにしている。最近このCDの注文が多いということは、いじめの問題が最近また増えているのだろうか。中学生がどのようにこの歌を受け止めてくれたのか興味のあるところ。

午後、町の美術館へ、明日のライブのための下見をし、持参した機材をセットする。縦長の四方を壁に囲まれた部屋。音がかなり反響する。音質のツマミのhigh をあげ、low を完全にカット。それで丁度いい。4曲ほど歌ってみる。

このイベントは、明日は1時から、辰野美術館で。先ず、子供たちの演奏と手話ダンス。そのあと、信大教授で造形作家の木村仁先生のトークとぼくの歌。ぼくの頭の中では、このイベントの焦点がなかなか合わなくて、何をどうしていいかわからないところがある。しかし、混沌としたなかから、何か面白いものが生まれてくるかも。

オーリアッド。遅くなって練習をしているところへ「歌って踊れる」県会議員のK氏。彼はサイモンとガーファンケルのファンである。オリジナル曲ももっている。何曲か歌ってもらう。声が渋くなって説得力が増している。先にきていた長島さんも1曲。PTA会長の任期もあと2ヶ月ほど。忙しそうだ。



January 20, Thursday 2011

午後、補講なしの2コマ。やはり、このほうがずっと楽。木曜日はこれが最後。あと来週火曜日のクラスを残すのみ。期末試験の内容を説明。その後、後期に歌った歌を歌う。歌も範囲を限定して試験に出す予定。最後に We Shall Overcome を歌い、キング牧師の I Have a Dream の DVD を見る。前期はスティーブ・ジョブズ、後期はキング牧師。学生たちの心に何かが残ってくれたらいいのだが。音楽を通して英語のリズムと発音を学ぶ授業をしているが、それ自体を目的としているわけではない。学生たちにいつも願っていることは、英語を学ぶのではなく、英語を通して何かを学んでほしいということ。

6時少し前、家に戻り、7時過ぎ、オーリアッドへ。家人と交代。明後日の美術館でのコンサートのための練習。「光」を歌った歌を中心に練習。

今日は大寒。文字通り、本当に寒い一日。11時、家に戻ると、玄関先の温度計は−8℃。見上げると大きな月が頭上に。明日もかなり冷えそうだ。

明朝は、中学へ読み聞かせにいくことになっている。。何を読むか迷っている。スティーブ・ジョブズかキング牧師か、それとも何か他のものにするか。



January 19, Wednesday

朝起きたら、身体が疲れている。何か疲れるようなことをしたかなと思ったら、昨日は補講を含め午後連続3コマのクラス。1時間半×3。

午後遅く、月に一度の定期健診。受付で久々に保険証の提示を求められた。財布の中に入っているはず。しかし何度見てもない。「大丈夫です。保険証はこの次にもってきてください」といわれて内科の外来へ。診察を待つ間も探したが、ない。

家に戻り、家人に話したら、保険証は紫色だという。財布の中を覗いたら、すぐにあった。黄色だとばかり思っていた。忘れていた。昨年11月高齢者の仲間入りをしたあと、紫色の保険証が送られてきた。嗚呼。

6時少し前、オーリアッドに行くために家を出る。王城山の上に見事な満月。

  
王城山に黄色い月が上り
  横川の流れ清く
  ふるさとのにおいがする


オーリアッド。土曜日のオープンマイクに向けてステージを整理。Sounthbound Six は6人編成のバンド。ステージがちょっと狭い。金曜日の美術館でのライブに向けて少し練習。

早目に閉店し、家に戻る。三脚にカメラを載せ、庭に出て写真を撮る。先日、チャリティーコンサートのあと、調子が悪かったカメラを垣内さんに見てもらった。よかった。さもなくば、この写真も撮れなかった。





January 18, Tuesday

快晴。新雪をいただいた北アルプスが紺碧の空に映えて美しい。しかし松本市内に雪はなし。各地で大雪のニュースが伝えられる中、ありがたいことに、南信&中信は雪が少ない。こんなことを書くと、突然大雪が降ったりして・・・。

補講を含め午後3コマのクラス。今朝CNNのサイトでスティーブ・ジョブズが療養のため休職したというニュースを読んだ。その記事を早速今日の授業に組み入れることに。

彼は、2003年に膵臓がんの手術を受けた。手術は成功し元気になったが、2009年の1月から療養のため半年休職し、その間に肝臓移植を行った。その後仕事に復帰したが、今日再度療養のため休職。元気になってくれればいいが。

昨年の4月から、スティーブ・ジョブズが2005年6月、スタンフォード大学の卒業式で行った記念講演を教材として使ってきた。その中で、彼は手術不可能な膵臓がんと診断されながらも、かろうじて一命を取り留めたときの経験に言及している。この部分は何度聞いても、何度読んでも、感動する。


それが、私が死にもっとも近づいた体験です。これから数十年、もうそんな体験をすることがないように願っています。その体験を通して、私はみなさんに・・・確信をもって次のように言うことができます。誰も死にたくはありません。天国へ行くことを願っている人たちさえ、死にたいと思う人はいません。しかし、死は誰にとっても避けることのできない運命なのです。死を免れた人はいません。でも、だからいいんです。おそらく死は命あるものにとって最高の発明品です。死は命を再生してくれます。死は、新しいものを迎えるために、古いものを取り除く働きをしてくれます。みなさんは今、新しい。でも今からそれほど遠くない将来、古いものになり、取り除かれる運命にあります。大げさな表現を許してください。でも真実なんです。

みなさんの時間は限られています。だから誰かの人生を生きることで無駄にしないで下さい。世間一般に信じられている説を鵜呑みにしてはいけません。そうすることは、他の人の考えを生きることです。他人の意見の騒音に、あなたの心の声が、かき消されてしまわないように。そしてもっとも重要なことですが、あなたの心と直感に従う勇気を持ってください。あなたの心と直感は、なぜかすでに、あなたの本当の願いを知っています。そのほかはすべて、二次的です。(miura訳)

(スピーチの原文は次のURLから: http://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html

ジョブズは、1月17日(月)に、つまり、「キング牧師の日」(祭日)に、療養のために休職することを発表した。意図的にそうしたのだろうか。


January 17, Monday

昨夜から今日にかけて各地に大雪が降ったようだ。名古屋、神戸、京都、そして長野市にも。一日ずれていたら大変なことになっていた。事実、今朝届いたデレクからのメールによれば、昨夜は雪で電車が何度も止まり、信濃町に着くまで5時間かかったとのこと。長野市の吉田さんのメールには、雪で高速道路が通行止めになる前にかろうじて家に戻ることができたと書かれていた。

午後、オーリアッドへ後片付けに。それで思い出した。昨日、みなさんがお帰りになってから、戸締りをして外に出たとき、オーリアッドの前の歩道と駐車場の雪がきれいにかかれていることに気づいた。家人はぼくがかいたと思っていたらしいが、ぼくのほうが遅れて行ったのだから、当然ぼくではない。誰かが朝早く雪かきにきてくれたのに違いない。感謝。

垣内彰さんから写真が送られてきた。そのうちの縦長の写真を一挙掲載することに。



All photos by A. Kakiuchi.

夜、ジョン・クーンズから電話で、今度の土曜日の飛び入りライブに参加するバンド名は Southbound Six で、メンバーは次の6名と伝えられた。Cait Hoffmann - Singer; Dave Carlson - Piano/Keyboards; Yoshiaki Asakawa - guitar, bass; Martin Chenhall - guitar, bass; Saito-san - drums; John Koons-guitar。歌手のケイト・ホフマンはバーモント州出身のアメリカ人。近々アメリカへ帰ることになっているらしい。素晴らしい歌い手のようだ。

6時前にきて、セッティングをしたいとのこと。是非多くの方々に聞きに、歌いにきてもらいたいもの。その日の午後、ぼくは辰野美術館で歌うことになっている。イベントは1時から3時まで。ぼくの出番は後半の1時間。こちらもご都合のつく方はお出かけください。




January 16, Sunday

「第3回キング牧師の日チャリティーコンサート」、多くのみなさんのご協力をいただき、無事終了。大雪で来られない人がいるかもしれないと心配したが、ありがたいことに、杞憂に終わった。

今年のテーマは We Shall Overcome。先ず最初にこの歌の歌唱指導。そして、キング牧師が、どのような経過をたどって、1963年8月23日、ワシントンDCで「私には夢がある」の演説をするようになったのか、という文章を、家人が朗読する。その最後の部分は次のようである。


  
彼のスピーチが終わったとき、多くの人々が泣いていました。長い間、拍手が
  鳴り止みませんでした。そして彼らは立ち上がり、白人も黒人も、みんなが手を
  つなぎ、「ウイ・シャル・オーバーカム」を歌ったのです。
                   ―James T. de Kay, Martin Luther King, Jr. より

そのあと、みなさんと一緒に「ウイ・シャル・オーバーカム」を合唱。オーリアッドでこれほど大きな声でこの歌が歌われたことはなかった。

そのあと、前半の出演者は、原田和恵、丸山俊治、デレク・ハースト、鈴木美智子、大月高志のみなさん。10分の休憩のあと、スーザン・ブランツのスピーチ。オバマ大統領の奥さんミシェール・オバマから昨日届いたというメールの一部を朗読し、そしてキング牧師の精神を受け継ぐことの重要性について語る。

後半は、島岡博、松下元英、ダニエル・ピアース、赤羽真理、三浦久の順。最後は、大月高志、赤羽真理、三浦久、Chieko Ariga、Derek Hurst、Takashi Osaka、松下元英がステージに上り、再度 We Shall Overcome。聴衆のみなさんには、右腕を左腕にかぶせて両隣の人と手をつないで、歌ってもらう。50年代、60年代、公民権運動の活動家たちはこのように腕を組んでこの歌を歌ったものである。(ひょっとして、丸山さんは左腕を右腕にかぶせてる?)








The first three photos by A. Kakiuchi and the rest by miura & k. miura.

終了後、ささやかなパーティー。多くの方が残ってくださり、和気あいあいとして楽しい集いになった。

詳しくは、すべてが確定し、民際センターへ送金したあとご報告いたしますが、今年は、参加人数は昨年より少なかったにもかかわらず、集まったお金は昨年より多く、今年は9名のカンボジアとラオスの子供たちを1年間学校へ送るお手伝いができそうです。

今年も、昨年一昨年と同じ、7名分を送金して、あまった分は来年にまわそうかとも考えましたが、来年のことは来年として、今年のイベントに参加してくださった皆さんの、そして参加はできなかったけれど寄付をしてくださった方々の意思と善意を生かすには、今年寄せられた全額を送金したほうがいいだろうということになりました。 みなさまのご協力に対し、感謝申し上げます。

                           ■

来年も続けてほしいという声が多く寄せられ、ありがたいことだと思っています。同時に、キング牧師の日(彼の誕生日1月15日に近い第3月曜日)に合わせてこのイベントを開催することの難しさも感じています。ひょっとしたら来年はもう少し暖かくなってから開催することになるかもしれません。年末ライブのあと、お正月を挟んで1月の中旬にこのイベントを開催することは、パブリシティーの面からも、準備の上からも、かなり大変です。雪の心配もあります。いつごろがいいのか、みなさんのご意見を聞かせていただければ幸いです。


January 15, Saturday




January 14, Friday

毎日、寒い一日、と書いているが、今日もそう書かざるをえない。本当に寒い一日。

朗読の会「ひびき」の新年会が、新町の和牛レストランであった。この会に入れていただいたおかげで、さまざまな方々と出会い、いろいろな体験をさせてもらった。今日集まった方々の中に、3ヶ月ほど娘さんのお産のお手伝いにシアトルに滞在して、10日前に帰国した方がいた。彼女の話では、シアトルには Martin Luther King, Jr. Way という道路と、 Martin Luther King, Jr. Memorial Park という公園があるとのこと。確か、全米の各地に、800ほどのキング牧師の名前のストリートがあるはずで、いかに彼がアメリカ人にとって特別な存在であるかわかる。

午後は、「キング牧師の日チャリティーコンサート」に出演予定の遠くに住んでいる方々に連絡を取る。スーザンは友だちと「あずさ」でくるとのこと。すでに切符を買ってあって、辰野着12時40分とのこと。石崎さんは、8時に東京を出て、11時に到着し、できるだけ早くサウンドチェックができるように機材のセッティングをすませたいとのこと。ダニエルは前日長野に泊まるが、12時までには入るつもりとの連絡があった。新しく購入したキーボードをもってくるかもしれないとのこと。デレクは確か信濃町に住んでいるはず。長い間連絡が取れなかったが、今夜オーリアッドから戻ると、「日曜日に演奏することを楽しみにしている」という簡潔なメールが入っていた。デレクには一度会ったことがある。とても好感のもてる若者だったが、彼の演奏を聞いたことがない。CDを出したことがあると、他の誰かが言っていたので、あまり心配しなくてもいいかも。それから、飯田の島岡さんからも連絡があり、中島さんと松下さんの3人で何か演奏してくれるとのこと。常連組みの赤羽、大月、丸山、原田の4氏も含めて、バラエティにとんだコンサートになりそうである。

夜、オーリアッド。今回は都合があって参加できないと言っていた藤森さんが家族でやってきて、ラオスとカンボジアの子供たちを支援のための協力金を置いていってくれた。当日何とか都合をつけて、1曲歌ってもらいたいもの。

聞きにきてくださる方も徐々に増えてきている。いいコンサートになりそうだ。心配なのは雪。

10時ごろ、厨房にいて、カウンターに戻ったら、3人いたお客さんが誰もいない。3人でタバコを吸いに出たわけでもないだろう、誰かを迎えにいったのかな、と思っていたら、戻ってきた。火事とのこと。伊那富橋から見えるという。行ってみると、川の上流の反対側の堤防に消防自動車の赤いランプがたくさん点滅している。大きな煙が出ているが。鎮火したようだ。サイレンの音も、防災無線のアナウンスも聞こえなかった。よほど耳が遠くなったのかも。

明日1月15日(土)は都合により臨時休業いたします。16日(日)は1時開場、1時半開演で、キング牧師の日チャリティーコンサートがあります。ご都合がつきましたら、是非お出かけください。



January 13, Thursday

寒い日が続いている。今日午後3クラス。4講時のクラスは TOEIC のクラス。12月の初めに受けた試験の結果を学生に渡す。大部分の学生は前回よりも成績が上がっている。とくにリスニングの点数がいい。ある先生から、「どうやってリスニングを教えてるんですか」と聞かれた。「歌を歌っているだけなんですけど」と答えた。英語のリズムと発音の特徴を学んだ後、歌を歌いまくることは確実にリスニングの力をつける効果がある、と少々自画自賛。というか、「楽な」「楽しい」授業をすることに対しての自己弁明。それに、後期学んだ Martin Luther King, Jr. のスピーチを繰り返し聞いたことも役に立ったはず。やはり、深く心に沁みこむためには感動が必要。問題集はいくら解いても感動がない。

最後のクラスは、12月に休講したクラスの補講。ぼくにも学生にも都合のいい時間は5講時しかない。5講時はアルバイトや部活などで来れない学生もあるだろうと補講は希望者のみ。出なくても不利にならないと伝えてある。出席者は通常の三分の一。膝を交えて話のできるこのくらいの人数だと、やりやすい。しかもみんな熱心である。最後に前期の初めに学んだ Steve Jobs のスピーチの映像を見る。 Stay Hungry, Stay Foolish! 4月から彼らは長野市のキャンパスへ移る。この精神で、がんばってほしいもの。

補講を終えて外に出ると、もうまっくら。

夜、オーリアッド。7時過ぎに入る。ジブランの会。今晩は久々に大勢のお客さん。11時過ぎ、家に戻ると−8℃。寒い。


January 12, Wednesday

今日も寒い。一日家にいて、暖炉で焚く薪や小枝を運んだり、授業の準備など。明日は、雪のため帰国が遅れ休講した授業の補講を含め3コマ。

夜、オーリアッド。遅くに原田さん。新年最初の対局。このところ負けが込んでいたが、今夜は戦法を変えて、昔よく使っていた四間飛車で守ることに。かろうじて勝つ。攻め急がず、まず守りを固めることが大切のようである。

天気予報によるとこの週末の天気は大荒れとのこと。日曜日は「キング牧師の日チャリティーコンサート」の日。遠方から来てくださる方々もいる。大雪にならないことを願うばかり。

このチャリティーコンサートにも数名の「伊達直人」さんが現れた。感謝。



January 11, Tuesday

寒い一日。一日中コンプレッションソックスをはいていた。モモヒキ代わり。おかげで暖かかった。それに2コマの授業を立ってしても脚が疲れていない。

子供の頃、モモヒキは必需品だった。今ははくことがない。家の中が昔と比べて暖かいし、外にいることが少ない。子供の頃は田んぼでスケートをしたり、裏山でそりすべりをしたり。凧揚げもした。真冬でも、よく外で遊んだもの。そういえば今年のお正月は凧揚げをしている子供たちを見かけなかった。

寒波が日本列島を覆っている。日本海側は今日も大雪が降ったらしい。この週末雪が降らなければいいが。土曜日は家人の姪の結婚式で神戸へ行かなければならない。日帰りで帰ってきて、翌日はキング牧師の日チャリティーコンサート。

チャリティーと言えば、伊達直人なる「人物」が児童施設などにランドセルを届ける「事件」が相次いでいる。まさに善意の連鎖反応が起こりつつある。日本各地で、この名前が記されたメッセージとともに、恵まれない子供へ贈り物が届けられている。

この現象を政治の貧困と結びつけて考える人もいるだろう。無意味な自慰的行為だという人もいるだろう。そうかもしれない。それでも、「伊達直人」さんの善意と勇気を信じたい。彼がその想いを行動に移すまでには、さまざまな思いが心の中でせめぎ合っていたはず。



January 10, Monday 2011

午後、ウオーキングに。いつもの城山公園ではなく、別のルートを行くことに。城山公園へ行くには、山の麓の起伏のある道を歩かねばならない。日当たりが悪く、先日行ったときはまだかなり雪が残っていた。今朝もそれほど多くはなかったが雪が降った。さらに積もっているはず。

線路をはさんで村を一周するコース。その間、横川川の堤防を少し歩く。水音はいい。懐かしい鉄橋も見える。小さな子供のころ母や姉たちと、この鉄橋を渡った日のことを思い出した。その頃は赤い鉄橋だった。風は冷たかったが、太陽の光を浴びて、家にもどる頃には汗ばむほどに。




ウオーキングから戻り、キング牧師の子供たちについて少し調べる。父が偉大だっただけに、苦労した面もあったようだ。遺産をめぐる兄弟間の訴訟もあったようだ。

夜、明日のクラスの準備。正月気分が抜けないのか、集中できなくてこまる。明日は曜日を間違えないように。


January 9. Sunday 2011

突然、朝、諏訪の神社にお参りに行くことに。下社や上社ではなく、あまり行ったことのない神社に行こうということになった。上諏訪中学近くの手長神社へ。高校生のときに一度来た気がするが定かでない。拝殿には見事な彫刻が施された梁や柱がある。諏訪立川流初代の立川和四郎作とのこと。そういえば、何年か前、立川和四郎の子孫という方ににお会いしたことがある。

ここは諏訪湖が見渡せる絶好の位置。昔からのパワースポットに違いない。但し、参拝者はいなかった。帰るときに、若者が二人、上ってきた。

せっかく来たのだからと、四賀にある足長神社にも行くことに。ここは山の中腹の目立たないところにあって、標識もないものだから、少しうろうろ。ゲートボールをしているおじ(い)さんたちに聞いてようやく分った。こちらは手長神社よりはるかに鄙びた感じで、参拝者は皆無。曲がりくねった道を下って、国道の信号までくると、黄色いレンタル自転車に乗った若者が二人、信号が変わるのを待っている。家人が「さっき手長神社で会った二人じゃない?センター試験が近いからね」と言った。

そのあと、2月に閉店するという諏訪丸光百貨店に寄ってお昼を食べようということになった。ぼくが高校生のときに開店したと思っていたが、調べてみると、1965年6月開店となっている。大学に入学した年である。このデパートの最上階にある温泉に何度か入った記憶がある。階段を上ると「Cafe くるみ」の看板が目に入ってきた。茅野の「くるみ」には何度か行ったことがあるが、ここは初めて。マスターの小池さんが厨房の奥にいるのが見える。お客さんは誰もいない。しかし、そのうち続々お客さんが増え、またたくまに満席に。ボブ鈴木に会えないかと思い、小池さんに連絡をとってもらったら、今日はお休みとのこと。残念。

帰りは、再び国道を通って帰ることに。冬の有賀峠はこわい。下諏訪まできたとき、せっかくだから下社に寄っていこうということになった。下社は人でごったがえしていた。駐車場を探すのが大変。御柱の前で撮った写真、首に巻いているグレーのマフラーは、シーザーズパレスのレナード・コーエンコンサートの会場で買ったもの。コーエンがよく使う小鳥のエンブレムが片方の端に、ハートを二つ組み合わせたエンブレムがもう一方の端に刺繍されている。




夜遅く、サッカーを見る。前半終了間際、日本人選手の足にボールが当たり、オウンゴール。それを見て2階に上がり仕事をし、後半最後の10分を見る。1対0で負けかと思ったら、前半最後にボールを足に当てて得点を許した選手が、ロスタイムになってからヘッディングで決めて、1対1の引き分け。よかった、日本のチームにとっても、彼にとっても。


January 8, Saturday 2011

寒い朝。玄関先の温度計が-13℃。昨日より2℃低い。しかし、晴天の気持ちのいい一日。

1月16日(日)の「キング牧師の日チャリティーコンサート」の準備。まず、暮れにカンボジアとラオスから送られてきた7人の子供たちの写真を並べて撮る。さらに一枚一枚を撮影し、拡大する。昨年はA4に拡大したが、今年は2L版に。彼らの両手を脇にしっかりつけた姿を見るとなんだかとても切ないような、愛おしいような気持ちになる。こんなとき、ぼくの歌にもっと力があったらと思わずにはいられない。でもできることをするより仕方がない。コンサートの案内のメールに対して何人かの方々から参加したいとの返信。感謝。

午後遅く、丸山俊治さんから写真が届いた。妙高のスキー場から。「青春」を謳歌しているようだ。サングラスとピンクのヤッケの「おばさんたち」に目を眩ませられなければいいが。

2011年最初のオープンマイク。まず家人が大正琴で「峠の灯火」「出船」など3曲。近々、彼女が属するグループの発表会があるとのことで、練習を兼ねて。つづいてぼくが、「どこまで歩き続けても」「レナード・コーエンに捧げる歌」「オーリアッド・バンドの歌メドレー」。次に原田和恵さん、まず静かなピアノ曲「ラルゴ」、そしてピアノ弾き語りで「そばにいるよ」と「あなたのなされることは」。トモノリ君の話も少し。赤羽真理さん、「人生の海の嵐に」「千両梨の実」、そして「花はどこへ行った」。静かに語るように歌う一言一言が心に沁みる。

続いて、松尾晃さん。彼のポリシーは同じ場所で二度同じことはしたくないというもので、オーリアッドにくるたびいろいろアイディアを考えてくる。今日は、オーリアッドのオープンマイクでは前代未聞の「飛び入り個人展覧会」。お正月になってつくった作品を含めて十数枚の額入りコーラージュをステージ後ろに飾る。ほとんどが60年代のアメリカの雑誌や高価な百科事典から切り抜いたもの。シュールリアリスティックな詩がそうであるように、これらのコラージュは、まったく関係ないイメージがひとつの空間に並列されることによって、「とんでもない」イメージが形成される。それらのコラージュをバックに松尾さんは彼が以前企てたいくつかの前衛アートショーの話。オノ・ヨーコの作品のことを少し思った。ここで前半終了。








後半は原田さん手製のケーキをいただきながら、大きな紙で折り鶴を折るワークショップ。指導は辰野美術館学芸員、赤羽義洋さん。1月22日(土)1時から辰野美術館で開かれるコンサート(小学生の手作り楽器の演奏、手話ダンス、それにぼくの歌)の際に展示されるとのこと。もうすでに600だか900だかの鶴が折られているとのこと。折り鶴をモチーフに作品を制作している信大の木村仁先生のお話も予定されている。

後半トップは松尾さん。前半に引き続きコーラージュの作品を前に、シュールリアリズムと駄洒落を融合したアートショーの話など。つづいてぼくが「碌山」を歌い、昨年「ゲゲゲの女房」で境港や調布が脚光を浴びたように、4月から始まる安曇野を舞台にしたNHKの朝のドラマによって、今年は安曇野や碌山美術館が注目されるだろうと話す。それを受けて碌山美術館友の会広報担当の垣内彰さんが碌山美術館について語り、碌山について高村光太郎が書いた詩を朗読。いままではその詩を暗誦したが、今夜は、iPad に詩をダウンロードし、それを読む。少々つかえたり、忘れたりしても、暗誦したときの間合いが貴重であることに気づかされる。

原田さん、Climb Every Mountain と「御手の中で」、そして「君は愛されるために生まれた」。最後の歌はいつ聞いても感動する。また原田さんの声も、この歌を歌うときは特に美しく聞こえる。最後に赤羽さん、「鹿のように」と名曲「許し」。「許し」は聞くたびに厳粛な気持ちになる。

最後に、原田、赤羽、三浦の3人で Amazing Grace。今日初めてオーリアッドにきてくださった方々にも歌詞カードを配り、全員で歌う。

新春早々素晴らしいオープンマイクになった。みなさんのご協力に感謝。「求めたものは何一つ与えられなかったけれど/ 気がつけば大きな恵を私は生きている」という「祈りの歌」の言葉さながら、まさに Amazing Grace。

今夜は若干気温が上がった、家に戻って温度計を見ると−2℃だった。オリオン座が美しい。


January 7, Friday 2011

七草粥。お正月に食べ過ぎたと見えて体重増加。七草粥が美味しいので、おかわりをしてしまう。元の木阿弥。

寒い日。家人の言うには新聞を取りに出た7時ごろ、-11℃だったとのこと。寒い寒い。

今朝のローカル新聞の一面に「キング牧師の日チャリティーコンサート」の広告が掲載された。その後、参加を申し込んでくださった方が数名。今回は旅の疲れもあり、また例年のごとく正月を挟んでいるので、パブリシティの開始が遅れてしまった。

午後グッドニュースの木下さんより、3月26日(土)に G3s のコンサートを茅野のくるみでやりたいとの電話があった。パブリシティもしっかりやりたいとのこと。彼のことだから安心してまかせられる。

夜、オーリアッド。寒い。3つのヒーターを全開してもまだ寒い。閉店前、弦が切れていたナイロン弦のギターの弦を変える。スチールの弦と違ってよく伸びる。音が安定するまで時間がかかりそう。

家に帰ると星空が美しい。こんな夜は冷える。玄関先の温度計は-9℃。明日は今朝以上に冷えるだろう。




January 6, Thursday 2011

冬休み後、最初のクラス。今日は木曜日。ちょっと火曜日と勘違いしていて、準備をした場所が違っていたが、なんとか無事済ませることができた。ひとつのクラスで読んだエッセイは、killer bee について。恐ろしいと思った。killer bee を辞書で調べると、アフリカミツバチと出てくる。しかし殺人ミツバチとか殺し屋ミツバチとか訳したほうが、その恐ろしさが伝わる。

このミツバチは1957年、サンパウロの科学者が、たくさんの蜂蜜をつくる新種をつくろうとアフリカのミツバチとブラジルのミツバチを交配させることによってできたミツバチである。ところがこのミツバチは蜂蜜をつくる能力を失い、攻撃する能力だけが増したのである。キラー・ビーというので、図体も大きいのかなと思ったら、普通のミツバチより小さいとのこと。恐ろしいのはそのサイズではなく、その攻撃の仕方である。大群で襲うのである。8000匹がいっせいに襲うこともめずらしくないらしい。8000匹に襲われたらひとたまりもない。

南米から北米にこのハチは広がり、アメリカで死者が最初に出たのはテキサス州だったとのこと。その後、ネヴァダ、ニューメイキシコ、カリフォルニアにまで広がりつつあるらしい。日本に上陸するのも時間の問題か?

7時過ぎオーリアッドへ。家人と交替。何人かのお客さん。久しぶりに太田君が訪ねてくれた。元気そうでよかった。音楽活動に忙しいらしい。映画音楽も担当したとか。

辰野美術館学芸員の赤羽さんが、垣内さんと一緒に、22日の美術館でのコンサートの打ち合わせにきてくれた。前半子供たちの手作り楽器の演奏や手話ダンスがあり、後半ぼくが歌うことに。会場には、信州大学教授で造形作家の木村仁さんの作品が展示され、彼のお話もあるようだ。彼は折り鶴の造形作品によって知られている。http://mcaf.jp/08-artists/hitoshikimura.html

折り鶴とぼくの歌の接点といえば、「電線の上の一羽の鳥」だろうか。ちょっと違うかな。



January 5, Wednesday 2011

今朝の朝日新聞の投書欄に、薄型テレビに替えたために、いつもテレビの上でウツラウツラしていた猫が「今は、ただ恨めしげにニャーと鳴くだけだ」という投書が載っていた。この猫は16歳とのことで、さすがに飛び乗ろうとはしないようだが、一度は怒って「テーブルに飛び乗り、テーブルクロスをクチャクチャにして出ていった」とのこと。分るな、その気持ち。

わが家の猫たちはまだ4歳で元気がいい。しばらく飛び乗ろうとはしなかったが、今夜オーリアッドから戻ると、フィービーが飛び乗ろうとしたと家人が言う。テレビを壁から離しておいたのがいけなかったようだ。下から見ると奥行きがあるように見えるのだろう。

テレビが新しくなったあと、ヒーターの前に布でできた籠を置いた。最初はソフィーが独占していたが、最近は一緒に寝ることが多くなった。そのほうが暖かいということを知ったのだろう。




午後、いつものウオーキング・コースを走ってみた。最初は北風が寒かったが、走っているうちに暖かくなった。特に帰りは汗ばむほど。毎日は無理としても、つづけたいもの。

夜、オーリアッド。2011年、最初の営業日。静かな夜。遅くなって、キング牧師の垂れ幕を、六地蔵の額の上に画鋲でとめた。一年間丸めていたので、くせがついて、まっすぐにならないが、明日また調整することにする。多くの方が参加してくれるといいのだが。

明日は、松本へ。


January 4, Tuesday 2011

よく晴れた日。昨日に比べて少し暖かい。庭に置いたりんごにも時々鳥がやってくる。りんごを食べているところを撮ろうとしたら、逃げられてしまった。



午後、「キング牧師の日チャリティーコンサート」の広告の原稿ををつくり、たつの新聞へもっていく。7日には掲載されるはず。情報誌にもプレスリリースをメールで送る。


                         ■

 
 第3回キング牧師の日チャリティーコンサート

  日時:2011年1月16日(日)午後1時開場、1時半開演、 
  会場:オーリアッド(辰野町宮木 伊那富橋から4軒目)
  出演: スーザン・ブランツ、デレク・ハースト、ダニエル・ピアース
      赤羽真理、大月高志、丸山俊治、原田和恵、三浦薫子、三浦久他   
  協力金:1000円、
  予約・問合せ: miura@secondwind.jp 0266-41-3611

  出演者にも聞きにきてくださる方にも全員に1000円を寄付していただき、その
  全額を、カンボジアとラオスの子供たちの就学支援として「民際センター」を通
  して送金します。過去2回のコンサートによって、14人のカンボジアとラオスの
  子供たちを1年間学校に送るお手伝いができました。

  コンサートに加えて、このイベントの発案者であるスーザン・ブランツさんによ
  るスピーチがあり、「風に吹かれて」や「ウイ・シャル・オーバーカム」などを参  
  加者全員で歌うコーナーもあります。終了後ささやかなティーパーティも計画
  しています。ご都合がつきましたら、是非お出かけください。
  
  
http://www.nme.com/nme-video/youtube/id/Qy65zaQpou8


January 3, Monday 2011

7時過ぎ起床。−6℃。寒い。暖炉の火をつけ、ストーブのスイッチを入れてから朝食。8時から箱根駅伝の復路のレースを見る。早稲田と東洋大学の一騎打ち。第六区の下り坂で早稲田の選手が先を行く東洋大学の選手を追い抜こうとして転倒。しかしすぐに起き上がり走り続けた。これには驚いた。最後は早稲田が東洋大学を振り切って優勝。

シード権を競っての10位争いもすごかった。稀に見る混戦。國學院大學の選手が、最後コースを間違えながら、引き返し、10位に入った。もし彼が間違えずに走っていたら、7位か8位にはなっていたはず。

もうひとつよかったのは、隣町の箕輪町出身の千葉健太選手が六区で区間新を出したこと。中学生のころから彼の名前をローカル新聞で目にしていた。佐久長聖高校に進学し、一昨年駒沢大学に入学した。昨年の箱根でも同じ六区を走り、区間賞をとっている。

一昔前までは、マラソンや駅伝をテレビで見ると興奮して、ランニングシューズに履きかえ、家の近くや裏山を走ったもの。中学時代、陸上部の顧問の先生に勧められて、ブラスバンド部をやめて陸上部に移った。中距離の選手として、NHK放送陸上にも出場した。高校時代は、諏訪湖一周駅伝やマラソンを走った。そのあと長い間、ブランクがあり、30代の初め、突然走り始めた。『奇跡のランニング』という本を読んだあと。その後、第一回小豆島タートルマラソンに参加した。5時間の制限時間ぎりぎりにゴールした。計算上では3時間30分で走れるはずだったが、30キロ以後、脚が動かなくなった。

今調べたら、その名称は瀬戸内海タートル・フルマラソン全国大会に変わっていた。昨年11月が第31回目とのことなので、そのマラソンに出場したのは31年前のこと。信州に戻ってからは、長野日報主催の諏訪湖一周マラソンに第一回目から続けて3年参加した。しかし、ある年、勤めていた短大のクラスマッチで足首を捻挫して、走れなくなった。それ以後体重が増えつづけた。

フルマラソンはもちろん、諏訪湖一周マラソンも、無理かもしれないが、また走り始めようかなと、箱根駅伝を見たあとの興奮状態の中で考えている。


January 2, Sunday 2011

毎年箱根駅伝は2区の途中から、あるいは3区から見ることが多いが、今朝は最初から見た。1区は早稲田と日大の一騎打ち。両方の選手共に佐久長聖の出身。最後は早稲田が日大を引き離して2区の選手にタスキを渡す。この2区の選手も佐久長聖。昨日のニューイヤー駅伝で活躍した日清食品の佐藤悠基も佐久長聖である。

以前は高校駅伝の長野県代表は上伊那農業高校と決まっていたが、佐久長征が力をつけてきてからは、完全に佐久長聖のひとり舞台。私立高校なので、素質のある選手を全国から集めることができるということもあるだろうが、おそらく優れた指導者がいるに違いない。

途中まで見て、東京へ帰る長男を岡谷駅まで送りに行き、帰ってきて、最後の山登りの5区を見る。ここは東洋大学の柏原という選手が過去2年、トップに躍り出たところ。今年も、3位でタスキを受け、2人を抜いてトップで往路のテープを切る。2位は早稲田。

イ・スヒョン(李秀賢)君のご両親から立派なカードが届いた。

  
謹んで新年のお祝いを申し上げます。
  息子の秀賢が結んでくれたご縁も10年になりますが、
  旧年中はひとかたならぬご厚情を賜わり、
  心より感謝申し上げます。
  本年もご健康でご多幸でありますよう、
  心からお祈り申し上げます。


そうか、彼が亡くなってからもう10年が経ったのかと、感慨深いものがある。今年は「カムサハムニダ、イ・スヒョン」を歌う機会が増えそうだ。できたら、釜山をまた訪ねてみたいもの。


January 1, Saturday 2011

あけましておめでとうございます。

目が覚めて外を見る。昨日の天気予報が外れて、ちょうど朝日が南東の山の端に上るところ。新年早々、縁起がいい。

お雑煮を食べてから、今村神社へ。お参りしたあと、社務所に待機している区長と区長代理に挨拶。村の正月の恒例行事。

家に戻り、年賀状を読みながら、ニューイヤー駅伝を見る。最後のデッドヒートは見ごたえがあった。トヨタが富士通を1秒差でかわして初優勝。100キロ走って1秒差というのは驚異的。

京都大原に住むベニシアの年賀状にいいことばが記されていた。

  
Let us slow down each moment
   enough to see that each day
    of our life is a miracle. 

  一瞬一瞬をもっとゆっくり
   人生の一日一日が
    奇跡だと、分るように
(miura訳)

夕食後、新しいテレビでレナード・コーエンのLive in London を見る。3時間近いDVDをいっきに見た。きれいな映像。クリアーなサウンド。久々に通して見たが、何度見ても感動する。そして何度見てもぼくのお気に入りはAnthem, Take This Waltz、 そして If It Be Your Will。もちろん他の歌もそれぞれに素晴らしい。家人は、ラスベガスで彼のコンサートを見たばかりで、以前より感情移入が容易にできたよう。長男は初めて見たが、バックのミュージシャンたちの演奏に驚いていた。特にディノ・ソールドーに。

昨夜は何年ぶりかで紅白歌合戦を見た。全部ではないが。歌の上手さという点においては、演歌歌手は実に上手い。しかし、全般的に、歌の内容に物足りなさを感じた。特に、前半、大人数で跳ねたり、宙返りをしたり、ラップ調に歌ったりする歌が多く、今思い返しても、何を歌っていたのかまったく思い出せない。すべてが artificial & tenuous。

もし、赤羽真理さんが「千両梨の実」を、あるいは丸山俊治さんが「職人になったおじさんたち」を、あのステージで歌えば、その歌の存在感は他を圧倒するはず。

オーリアッドは1月5日(水)から営業再開。最初の飛び入りライブは1月8日(土)。最初のイベントは1月16日(日)の「キング牧師の日チャリティーコンサート」。


本年もよろしくお願い申し上げます。



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