OREAD Diary December 1-31, 2009

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December 31, 2009 Thursday

今年1年、大変お世話になりました。飛び入りライブに演奏にきて下さった方々、聞きにきて下さった方々、「キング牧師の日チャリティーコンサート」、「ほたる祭ライブ」、「年末ライブ」など、さまざまなイベントにご協力いただいた方々、ありがとうございました。おかげで今年も忘れられないいい年になりました。

「忘れられないいい年」になったもうひとつ理由は、対訳を担当させてもらったレナード・コーエンの『ライヴ・イン・ロンドン』との出会いです。1968年の夏、初めて聞いて「恋に落ちた」レナード・コーエンの音楽に、40年以上のときを超えて、再び出会い「恋に落ちた」のです。なんと多くの感動が与えられたことでしょう。ミスター・コーエン、心からの感謝をあなたに。

月並みではありますが、2010年がよい年でありますように。



December 30, 2009 Wednesday

昼前、オーリアッドへ。客席のフロアーの掃除。テーブルを動かし、ヴァキュームをかける。丸山さんの忘れ物の筆箱が4番テーブルの下から出てきた。プレシャー・ウォッシャーを使いたかったが、時間がなくなった。

午後、買い物へ。ぼくの狭い仕事部屋のカーテンと、整理用の箱。もう何年も前、ブラインドが壊れてしまい、窓ガラスだけになっていた。この部屋は太陽の光が直接入らないので、不都合はなかったが、暖房効率をよくするためにカーテンをつけることに。

5時過ぎ、オーリアッドへ。6時開店。本年度、最終営業日。小雨が降っている。こんな日は誰もこないかなと思っていたら、藤森さん & his family。そして大月さん & his friend。それに長島さん & his family。飛び入りライブ番外編に。

藤森さんは喉の調子も戻ったようで、いつもの歌声に。家族のために書いた歌を中心に。「小さな幸せ」「もうすぐ一年生」「住みなれたこの町で」など。大月さん、「イエスタデイ」から「星に願いを」。最近指使いがますます華麗になってきたような。長島さん、十八番の「無縁坂」、そして御柱の木遣り保存会加入の成果を示す木遣りを一声。あかりちゃんも来年4月に一年生になるとのこと。愛音ちゃん「ふるさと」など。おいちゃんの伴奏で。





しばらく休憩したあと、藤森さん、大月さんのギターのサポートで「あの素晴らしい愛をもう一度」。先週土曜日、「キング牧師の日チャリティーコンサート」で、この歌を客席のみなさんと歌声喫茶風に歌いたいと話したのだが、それを受けて、CDを聞いてを練習してきてくれたようである。素晴らしい歌と演奏。当日が楽しみである。大月さん、ギターソロ、「 Sweet Bitter Samba」。オールナイト日本のテーマ曲。そのあと「誕生」。ギター弾き語り。

最後に大月さんにサポートをお願いして、ぼくが「年をとって歯が抜け/When I'm 64」。この歌は先日マンダラ2で、アンコールの2曲目に歌った歌。ぼくの年末ライブに毎年来てくれる佐々木君から、彼の著書『30日で学べる英文法』(ナツメ社)とともに、この歌に言及した手紙が送られてきた。

  最後の"When I'm Sixty-Four"、この選曲には嬉しい驚きを覚えました。かつて L.A. に
  て、カナダのアーティストであるブルース・コバーンがアンコールで、「パーティソングを聴
  きたいとリクエストされたことがあるけれど、僕の曲にはパーティソングはひとつもないか
  ら・・・知っているとしたらこれくらいかな」と前置きして "Always Look on the Bright Side
  of Life" を歌いました。その時と同じ様に、心が和む選曲に、思わず笑いがこみ上げて
  きました。「希望」がテーマであったかのようなコンサートを締めくくるのに、この上ない選
  曲であったような気がします。


マンダラ2で「年をとって歯が抜け/When I'm 64」を最後に歌ったのは、意図したものではなかった。当日のリハーサルは時間が足りなくて、みんなで一緒に練習した曲はこの歌しか残っていなかった。しかも、この歌はコンサート全体の雰囲気に合わないと思い、本番では歌わなかったのである。アンコールの拍手がきたとき、急遽これを歌うことに。アンコールの1曲目は練習しなかった「明日は遠く」を、野間さんのみのサポートで歌い、2曲目に全員でこの歌を歌ったのである。一度しか合わせてないかったが、見事な演奏だった。

2009年最後の営業日も、みなさんのおかげで無事終了。11時過ぎ、外に出るとまだ小雨が降っている。雪でなくてよかった。でもかなり冷えてきた。明日の朝は雪になっているかもしれない。



December 29, 2009 Tuesday

朝から大掃除。数ヶ月前、オーリアッドの換気扇の油をとろうと、通販でドイツ製のスチームクリーナ (KARCHER pressure washer) を購入したが、しつこい油のついた換気扇には役に立たなかった。ところが、窓拭きや、窓の桟にたまった埃や虫の死骸を取り除くには極めて有効であることがわかった。熱いスチームが勢いよく噴射して汚れを吹き飛ばしてしまう。スチームを窓に噴射したあと、タオルで拭くと見違えるようにきれいになる。猫たちはこのスチームクリーナーが苦手のようだ。最初はいつもの如く好奇心丸出して近づいてきて、匂いをかいだりしていたが、勢いよくスチームが噴射したとたんに、どこかへ逃げていってしまった。

明日は本年最後の営業日。新年は6日(水)から。明後日から元旦にかけて天気が崩れるとのこと。大雪にならなければいいが。

レナード・コーエンの『ライヴ・イン・ロンドン』(DVD)、しばらくの間、 amazon.co.jp では5460円の正価がついていたが、ここ数日4368円に値下がりしている。1092円の割引。持っていない人は今が買い時かも。オーリアッドでは4300円を維持。



December 28, 2009 Monday

朝起きたら雨。昨夜は星が出ていたので、雨が降るとは思わなかった。雪でなくてよかった。午後には雨も上がり晴れてきた。午後遅く、オーリアッドの後片付けをして戻ってきたら、東の空にきれいなお月さん。かなり膨らんでいる。満月もそう先のことではなさそう。



夕食後、テレビをつけたらフランク永井が歌っていた。そのうちに松尾和子が出てきた。懐かしい歌の連続。ぼくが中学生のころよく耳にした歌。「有楽町で会いましょう」「東京午前三時」「君恋し」「東京ナイトクラブ」「誰よりも君を愛す」「再会」など。二人とも実に歌が上手い。特に、フランク永井の低音は実にいい。晩年は哀れだった。生きていればレナード・コーエンより2歳年上。まだまだ歌えたはず。

最近登録したメルマガが今朝届き、そこに睡眠不足と肥満の関係が書かれていた。睡眠不足だと痩せるのかと思ったらそうではないらしい。Google で検索したら、睡眠と肥満の関係についてのサイトがたくさんあることがわかった。そのひとつは、http://www.smartsleeplibrary.jp/column/post-43.html

仕事が立て込んでくると朝2時、時には3時まで仕事をして、6時とか7時に起きることが多い。それが肥満の唯一の原因ではないだろうが、気をつけなければいけない。7時間寝るのが理想のようである。ぼくの平均睡眠時間は5時間から5時間半といったところ。ぼくは結婚してから20キロ以上太ったが、家人はまった変化なし。結婚前のスカートを今でもはくことができる。何があっても、よく眠れる特技をもっている。

今夜は早目に寝ることにしよう。



December 27, 2009 Sunday

「坂の上の雲」1部最終回を見る。途中、時々うとうと。驚いたことは、第2部は現在撮影中で、来年12月に放映されるとのこと。一年後である。NHKでなければできない大きなスケール。一番印象に残ったシーンは子規が病におかされながらも大和を旅しているところ。ぼくはやはり文科系・・・?

  柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺

午後、スーザン・ブランツさんからメールが届いた。数日前、「東京でも同様のイベントをおこなうことになって、来年1月17日(日)のオーリアッドでの「第2回キング牧師の日チャリティーコンサート」 (MLK Day Benefit Concert)に行けなくなってしまった」とのメールが入った。それで、その日に読むメッセージを送ってほしいと頼んでおいたのだが、メッセージとともに東京でのイベント・サイトのURLが送られてきた。会場は国分寺市の Slow という名の喫茶店。近くにお住まいで興味のある方はどうぞお出かけください。http://sites.google.com/site/sundayprojectjapan/

オーリアッドでのイベントの詳細は近日中に発表いたします。


December 26, 2009 Saturday

本年度最後の飛び入りライブ。出演順に、藤森和弘、丸山俊治、原田和恵、三浦久、太田裕士、名取友紀子、長島功、大月高志、赤羽真理、愛音ちゃん。

ぼくがマイクチェックをかねて Will the Circle Be Unbroken? と Hallelujah を歌ったあと、藤森さんにお願いする。「人生に勇気」から「小さな幸せ」まで4曲。丸山さん、コーエンばりの中折れ帽をかぶり、4曲。最初の2曲は、山の歌。「山スキーのうた」「アルプスのヨーデルうたい」。原田和恵さん、ピアノ弾き語りで「君は愛されるために生まれた」「きよらに」。高音がきれい。ピアノ独奏、ヘンデルの「ラルゴ」。ぼくが、丸山さんの中折れ帽を借りて、太田裕士さんのサックスのサポートで「スザンヌ」。帽子はぼくにはちょっと小さい。太田さん、ピアノ弾き語り「虹の中へ」「宇宙の歌」。そしてサックスで「アメイジング・グレイス」を含む improvisation。 

太田さんの演奏の途中、珍しいお客さんが入ってきた。野球帽をかぶり、いつものスーツとは違うカジュアルないでたち。最初誰かわからなかった。中学の同級生の飯島君。

藤森さんに、第2ラウンドをお願いする。「今日は土曜日」など2曲。そして、丸山さん、新曲「新宿に降る雪」、そしてお母さんの死を悼んで書いた「満州の丘」。丸山さん、今年は大漁だった。ここで休憩。








休憩後トップは名取友紀子さん。ピアノ演奏。「スワニー河」、ショパンの「別れの曲」、そしてナント「カノン」。1曲目を聞いたとき、よく練習していることがわかった。3曲目を弾き始めたときには、その勇気に感心。続いて、長島功さん。「転宅」と「最後の手紙」。最初の歌を歌う前に、屋根葺き職人だったお父さんの思い出。よくお酒を飲んだ人だったらしい。続いて、大月高志さん、太田さんと一緒に「カノン」。ピアノとサックスの絶妙な絡み合い。Breathtaking、 息を飲むような演奏。赤羽真理さん、「今すぐに」、そして「許し」。赤羽さんの今年の収穫2曲。極めてスピリチュアルなメッセージ。

最後に、今年1月の「キング牧師の日チャリティーコンサート」の収益金でサポートしたカンボジアとラオスの7人の子供たちの写真を紹介し、来年1月17日(日)の第2回キング牧師の日チャリティーコンサート」についての概要を話し、みなさんに協力をお願いする。そして、大月さん、太田さんのサポートで「年をとって歯が抜け/When I'm 64」。そして最後の最後、「おいちゃん」をお迎えにきた愛音ちゃんに「もうすぐ一年生」を歌ってもらう。あと3ヶ月で一年生。本当に大きくなった。おいちゃんも嬉しいだろう。

みなさんのおかげで今年最後の飛び入りライブ無事終了。

今年は30日(水)の営業が最後。来年は、1月6日(水)が最初の営業日。最初の飛び入りライブは1月9日(土)。



December 25, 2009 Friday

ここ数年この時期は翻訳の仕事に追われて、外国の知人友人への Season's Greetings が、年明けになったり、出せなかったりすることが多かった。今年は幸か不幸か仕事がない。今日 「季節の挨拶」 を発送。年内には、遅くとも、年明けには届くはず。

夜はオーリアッド。音楽は今夜も、Christmas in the Heart。このCDが再びプレーヤーに入れられるのは一年後のこと。1曲目のディランの歌声が耳から離れない。Here comes Santa Claus, Here comes Santa Claus, Right down Santa Claus lane....

  
サンタクロースがやってくる、サンタクロースがやってくる
  サンタクロース・レーンを下って
  ソリを引くのは、ヴィクセンとブリッツェン
  そして仲間のトナカイたち
  鐘が鳴り、子供たちが歌う
  あたりは歓喜と光にあふれている
  さあ、靴下を吊るし、お祈りを忘れないように
  今夜、サンタクロースがやってくるからね

今年はたくさんの「贈り物」をいただいた。中でもその最大のものは Leonard Cohen の Live in London。Thank you so much, Leonard!


遅くなって大月さん。大勢の同僚の方々と一緒に。Closing Time の前、大月さんの When You Wish upon a Star の演奏。大きな拍手。

11時過ぎ帰宅。頭上には、願いをかけるには格好の、冬の星座。


December 24, 2009 Thursday

午後、台風で休講になった10月8日のクラスの補講。これからしばらく冬休み。

夜、オーリアッド。早目に相撲好きのお客さん。そのあとは静かなクリスマス・イブ。Christmas in the Heart を聞く。ここ数日、このアルバムが何度もオーリアッドのスピーカーから流れた。最初このアルバムを聞いたときは少々違和感があった。しかし、聞いているうちに、ある意味、これは pure Dylan だという思いがしてきた。

レナード・コーエンの「バード・オン・ザ・ワイヤー」に、「真夜中の聖歌隊に紛れ込んだ酔っ払いのように (like a drunk in a midnight choir) 」というフレーズがある。まさにディランは聖歌隊に紛れ込んだ酔っ払いのような声で歌う。特に、 Hark the Herald Angels Sing や I'll Be Home for Chrismas そして O' Little Town of Bethlehem などは。でも不思議なことにその耳障りなかすれ声が、ある種の心地よさをともなって聞こえてくるようになった。強い酒になれてしまって、弱い酒では満足できなくなってしまったような。ひょっとしたら、もうビング・クロスビーは聞けないかも。

おそらくディランが子供の頃に歌ったり聞いたりした Here Comes Santa Claus や Little Drummer Boy などを、楽しそうに軽快に歌っている歌もある。いいなと思う。

ところでディランが3月に来日するとのこと。菅野氏から前もって聞いていたが、一昨日公表された。大阪、名古屋、東京の Zepp で13回のコンサートがおこなわれる。収容人数はそれぞれ 2200, 1800, 2709 で、ディランの日本でのコンサートとしては、かつてなかった狭い会場。できたら、東京の7日間のうち1回は行ってみたいが、チケットは、基本的にオール・スタンディングで 12000円、2階の指定席が2万円とのこと。「64歳」にはスタンディングは辛い。しかし指定席の数は限られている。チケットがとれるかしら。



December 23, 2009 Wednesday

今朝は少し寒さがゆるんだようだ。それでも寒い。

昨日学生と読んだエッセイの中に、合衆国における犯罪は15年前と比べて、わずかではあるが減少しているのに、犯罪に対するマスコミの報道は600倍に増えていて、それがアメリカ人の心に恐怖心を植え付け、それが年間3万人の犠牲者を出すという銃犯罪の大きな要因になっている、という主旨の文章があった。

あまりに過剰な偏った報道という点では、日本のマスコミも同じである。何度も何度も同じシーンを繰り返し見せる必要があるだろうか。

今年も「たつのキリスト教会」のみなさんが、キャロリングにやってきてくれた。3曲。きれいな歌声、ハーモニー。そして最後に「きよしこの夜」をみんなで。




そのあと赤羽(真)さんのリクエストで新曲を歌うことに。「ありがとう、ミスター・コーエン」。最初メロディーがおぼつかなかったが、なんとか最後まで歌うことができた。そのあと、原田(和)さんにバトンタッチ。賛美歌をピアノ弾き語りで2曲。赤羽さんを通して、長谷川牧師ご夫妻と出会い、多くの恵をいただくことになった。感謝の念にたえない。


December 22, 2009 Tuesday

寒い朝。家人によれば、朝7時新聞を取りに外に出たとき、玄関先の温度計は−10℃だったとのこと。先週の中頃始まった寒波がまだ続いているようだ。日本だけでなく、アメリカも東海岸はかなり雪も降り、寒いらしい。それにつけても、あの寒い日に、大勢の方々がマンダラ2へ足を運んでくださったことに感謝。

午後2コマのクラス。本来今日で冬休み前の全クラスが終わり、明日から休みが始まるはずだったが、明後日、台風で全学休講になった日の補講がある。でも気分はすでに休暇ムード。

夕食後、見るともなく見ていた番組を、結局最後まで巧みに見せられてしまった。野村監督と韓国のピッチャーが登場した番組。野村監督の選手としての成績や、監督としての能力は誰もが認めるところ。しかし、他の選手と自分を比較してひがんだり、解雇されたことを恨んだりするのはミットモナイ。

それにひきかえ、WBCの日本との決勝戦、10回表、イチローと勝負して敗れた韓国の投手は潔かった。韓国チームの監督が出した敬遠のサインを無視して、勝負に出たとのことで、彼は帰国後もの凄いバッシングを受ける。実は、敬遠のサインは出ていなかったのである。しかし彼は一言も言い訳をしなかった。野村監督が、ウラミツラミを述べるかわりに、少しでも感謝の気持ちを表したら、彼に対する評価はもっとあがるだろうと思う。

今日は冬至。夕食にカボチャのてんぷら。お風呂は、ゆず湯ならず、先日池田町の道の駅で買ったハーブの入ったハーブ湯。ほのかな香り。


December 21, 2009 Monday

今日も寒い一日。家の周りには一昨日降った雪がまだ残っている。朝、「喪中につき賀状を失礼する」という主旨のハガキが届く。先月末にお会いしたばかりの大変お世話になった方の訃報。後悔にも似た抑えがたい思いが胸に込み上げる。何をすべきだったのか、何をすべきでなかったのか、答えのない問いを繰り返す。

午後遅く、雪があって危険かと思ったが、いつもの散歩コースを歩くことにする。ずっと家にいて、気持ちが沈んでいたので。カメラをもってこなかったことを悔いた。山際の小道に雪がうっすらと積もっていて、たくさんのケモノの足跡が残っている。雪がなければ、残らない足跡。いつもの公園まで歩き、守屋山を眺め、引き返す。行くときはいなかった二人の子供がそり遊びをしていた。歓声を上げながら勢い良く斜面をすべり降りる。ぼくの息子たちも、かつてあんなふうに無邪気な歓声を上げてそり遊びをした時代があった。そしてぼくも。

夜は明日のクラスの準備。学生の書いた「難解な」エッセイのチェック。

今日もいくつかライブの感想が届いた。ぼくが心配したほどは悪いできではなかったようで、少し安心した。

垣内さんと箱守さんが送ってくれた先日のライブの写真を、家人が撮ったものも含めて、photo album にアップしました。次のURLからどうぞ。http://entertainment.webshots.com/album/575989654Ixoijb


December 20, 2009 Sunday

10時半からのたつの教会クリスマス礼拝に参加。赤羽(真)さんの司会。年に一度こうして教会の礼拝に参加するのもいいものである。午後も誘われるままに祝賀会に参加。昼食をいただき、みなさんの余興を楽しむ。壮年会の出し物では赤羽さんがサックスを吹いたので驚いた。奥さんに聞くと、若いときからサックスを吹いていたとか。

帰宅後、しばらく昼寝。一昨日と昨日の疲れが出てきたよう。東京では実によく歩いた。

夜、「坂の上の雲」を見る。偶然に見た2回目は楽しめたが、今回のような戦争シーンは苦手。というよりも、本来歴史ドラマが苦手である。何年も前に「宮本武蔵」を見たことがあるが、それ以外の大河ドラマは見たことがない。しかし、今夜のドラマを見ていて思った。莫大な制作費用がかかっている。有名な俳優をずらりとそろへ、ロケやセットにもお金をかけている。そんなことを考えているのは、物語に入り込めていない証拠か。


December 19, 2009 Saturday

10時にチェックアウト。新宿で長男に会い、インド料理店で昼食。いろんなインド料理店で食事をしたが高島屋の12階か13階にあったこのお店が最高。そのあとガンズ&ローゼズのコンサートに行くという長男と別れ、家人と二人で町田市へ。木名瀬先生が鶴川の駅まで車で迎えにきて下さった。先生はぼくと同じ蠍座。先月90歳になったとのこと。お宅にお邪魔し、しばらく同僚として勤めた短大の話をしたり、先生の近況をお伺いしたり。先生の外見も話し方も、10年前とほとんど変わらない。お元気である。

名残惜しかったが、帰りのバスの時間が近づいてきた。先生に町田駅まで送っていただく。八王子の高速バス停でバスに乗ろうと思ったが、JR八王子駅に着いたとき、もう暗くなっていたし、寒かったので、急遽、バスの予約をキャンセル。「あずさ」に乗ることに。8時過ぎ家に戻る。辰野についたら一面の雪景色。

家に着きメールのチェック。5、6名の方からライブの感想が届いていた。「よかった」というコメントともに、「時間が経つのを忘れていた」とか「時間を感じなかった」と書いてくれた人もいて、少々長すぎたかなと思っていたので、ありがたかった。3人のミュージシャンへの賛辞も多かった。サックス奏者がいるのを見て、ディノ・ソルドーを意識したに違いないと思ったという人もいた。

昨日は、リハーサルと本番を合わせるとほぼ5時間ギターを弾き歌ったことになる。疲れている。早く寝ることに。



December 18, 2009 Friday

多くの方々の協力を得て、いい年末ライブになった(と思う)。リズムを崩したり、コードを間違えたり、歌詞を忘れたりしたところもあるが、その度に、野間、大月、太田3氏の強力サポートに助けられた。

前半は、レナード・コーエン・トリビュート。最初「Dance Me to the End of Love」から始めようと思ったが、この歌を全員で合わせたのは直前のリハーサル。失敗したら、最後まで尾を引きそう。慣れていて、しかもコーエンとつながる60年代後半をテーマにした歌から始めることに。「ガビオタの海」、そして「一通の手紙」。そのあと、怒涛のコーエン・ラッシュ。「スザンヌ」「ダンス・ミー・トゥ・ジ・エンド・オブ・ラブ」「バード・オン・ザ・ワイヤー」、「ありがとう、ミスター・コーエン」、そして前半の最後に「ハレルヤ」。





休憩のあとは、いつものぼくの歌。「門」「祈りの歌」「I Have a Dream」「碌山」「次郎」「千の風」「私は風の声を聞いた」「オーリアッドバンドの歌/メドレー」、そしてアンコールで「明日は遠く」&「歳をとって歯が抜け/When I'm 64」。

気がついてみたら10時近くなっていた。前半は、歌いなれていない歌が多かったし、歴代のコーエン担当のディレクターの方々を前にして、少々緊張気味。後半少し落ち着き、トークも多くなった。その分、時間が延びてしまった。遠方からお見えになった方々にご迷惑をかけたかもしれない。

打ち上げで久しぶり菅野さんと話す。ぼくがレナード・コーエンを訳すようになったのは、1974年後半、彼から New Skin for the Old Ceremony の対訳を依頼されたから。また1975年12月15日、京都の新都ホテルでコーエンに会うことができたのも、彼のおかげである。彼はディランの熱狂的なファン&研究者として知られているが、コーエンの大ファンでもある。彼は昨年5月、Live in London が録音される2ヶ月前、カナダで3日間コーエンのコンサートを見たとのこと。「コーエンを日本に呼ぶ方法があるはず」と彼は言う。是非実現してほしいものである。

今年も高校の大先輩の方々が聞きにきて下さった。終演後、ご挨拶すると、最後に歌った「When I'm 64」を受けて「We are 78」とのこと。大先輩といえば、今晩お見えになった最高齢者はおそらく87歳のNさん。「今年もくることができました」とのこと。感謝。日野原先生は98歳。みなさんお元気で、来年もお会いできますように。



December 17, 2009 Thursday

昨日に引き続き寒い一日。朝起きたら、雪が舞っている。家人にタイヤを替えに行ってもらう。明日のコンサートを控え、自分でタイヤを替えるだけの余裕がない。爪を割ってしまったら大変。

午後、1コマのクラス。DVD でHallelujahを見て、歌う。Reading はThe Lady of the Lamp と言われた Florence Nightingale について。Nursing が専門職として認められたのは彼女のおかげとか。

夜、オーリアッド。早目に閉店、家に戻る。いよいよ年末ライブは明日。充分に準備ができたとはいえないが、いいライブにしたいものである。



December 16, 2009 Wednesday

寒い一日。長い間新曲に取り組んできたが、なかなか完成できなかった。もう間に合わないかもしれないと思ったが、午後ギターを取り、作業を継続。不思議なことに、いままで取り掛かっていた歌ではなく、別の歌が、あっと言う間にできてしまった。わき道にそれてしまい、目指していた目的地には着けなかったが、着いたところも悪くなかった、という感じ。未完成の歌も新しい歌もタイトルは同じ。「ありがとう、ミスター・コーエン」。あまりぼくの歌を誉めない家人が、いい歌だというので、いい歌に違いない。

午後遅く、病院へ定期健診。異常なし。今年はありがたいことに、年末ライブの前、風邪を引かなかった。

少し遅れてオーリアッドへ。ステージの六地蔵の額の上にキング牧師の垂れ幕を飾る。年末ライブが終わったら、「キング牧師の日チャリティーコンサート」に向けて準備をしなければならない。遅くに原田さん。今夜も完敗。毎日インターネットで腕を磨いている原田さんとの間に、完全に実力の差がついてしまった。

松井選手がヤンキースからアナハイムのエンジェルズに移籍することになったようだ。南カリフォルニアの乾いた温暖な気候は彼の膝にはいいだろう。活躍を期待したい。



December 15, 2009 Tuesday

昨日、池田町へ出かける前に、二つの大きな封筒が届いた。ひとつはカンボジアから、もうひとつはラオスから。今年の1月18日に行なわれた「キング牧師の日チャリティーコンサート」で集まったお金を民際センターを通してカンボジアとラオスの子供たちの就学を援助するために送った。封筒に入っていたのは、ラオス3人、カンボジア4人の小学生が、そのお金で、一年間就学できるようになったとの写真入の報告書だった。ご協力いただいた方々に感謝。

来年1月17日(日)には「第2回キング牧師日チャリティー・コンサート」が行なわれる。昨年12月、ぼくの I Have a Dream を聞き、キング牧師の誕生日にチャリティーコンサートを開かないかとメールを送ってくれたスーザン・ブランツさんの参加も決定した。昨年同様、キング牧師についての話や歌、その他、朗読や「歌声喫茶風」コーナーも計画されている。

午後2つのクラス。夜は大月さんと太田さんと練習。おかげで、「ありがとう、ミスター・コーエン」というタイトルのコンサートの構想がまとまってきた。

レナード・コーエンがグラミー賞の Lifetime Achievement Award (功労賞)を授与されることになった。一週間ほど前にグラミー賞の各部門にノミネートされた人の中にコーエンの名前がなかったので、「グラミー委員会はどういう基準で選考しているのか。グラミー委員会は Live in London を聞いていないのではないか」と書いたが、取り越し苦労だった。
確かにコーエンは Lifetime Achievement という賞をもらうのにもっともふさわしい。同時に受賞するのは、マイケル・ジャクソンやロレッタ・リン。日本ではマイケルのことが大きく取り上げられて、コーエンのことはあまり話題にならないかもしれない。それでも、レナード・コーエンを多くの人に知ってもらういい機会である。http://www.spinner.com/2009/12/11/leonard-cohen-neil-young-to-be-honoured-at-2010-grammys/


December 14, 2009 Monday

11時過ぎに家を出て、安曇野ハーブの町、池田町へ。今週は忙しく、金曜日には東京でのライブもあり、疲れすぎてはいけないと、家人に運転を頼む。池田町の道の駅の駐車場で永田さんと落ち合い、彼の勤める安曇養護学校へ。高等部の音楽の時間を使って、クリスマスの歌を含めてのミニコンサート。正直なところ、少々不安だった。でも終わってみたら何と素晴らしいコンサートになったことだろう。

英語の歌とクリスマスの歌を歌ってほしいといわれていたので、 Amazing Grace, Silent Night, We Wish You a Merry Christmas の3曲を、ぼくの歌と歌の間にはさんで歌う。驚いたことに、前もって配った英語の歌詞を見ながら、みんな大きな声で歌ってくれた。Amazing Grace の一番を歌詞を見ないで歌っている子もいた。感動した。最後にはアンコールの大喚声。それに応えて、「あの果てしない大空へ」。最後は、あまりの感動に涙があふれて声にならなかった。ぼくの歌がストレートに彼らの心の中に入っていくのがわかった。

4月からこの学校に赴任されたという音楽の先生も、あとで同じようなことをおっしゃっていた。「この学校へきて初めて、私の音楽が子供たちの心の中にすーと入っていくのを感じました」。長い間歌ってきたが、振り返ってみて、今日のコンサートは One of my best concerts. 本当にいい体験をさせていただいた。永田さんに感謝。音楽の先生からは、また来年も来て欲しいとのお言葉。こちらこそ、お願いいたします。

夜、オーリアッドで大月さんと太田さんと練習。いい練習になった。Dance Me to the End of Love も「ガビオタの海」もいい感じである。金曜日はいいコンサートになりそうだ。明日の夜も練習することに。


December 13, 2009 Sunday

久しぶりに朝ゆっくりと眠る。昼過ぎ、オーリアッドへギターやマイクなどをとりに行き、明日の安曇養護学校高等科でのミニコンサートの準備。作家の永田浩幸さんから依頼されてお引き受けした貴重な機会。クリスマスの歌と英語の歌を含めてほしいとのことで、Silent Night と Amazing Grace を歌うことに。Silent Night のできた経緯やジョン・ニュートンの話を織り交ぜながら歌いたいと思っている。その他何曲かぼく自身の歌も歌ってほしいとのことで、何を歌うか考えたが、選曲が難しい。明日の朝、考えることにしよう。

夜は区の委員会、そのあと慰労会。家に戻ると家人が「坂の上の雲」を見ていた。一緒に見ることに。先週今日が最終回だと勘違いしていたが、まだ続くようである。



December 12, 2009 Saturday

朝、京都のマイケル・ホフマンに電話。留守だったので伝言を入れておいた。しばらくして突然、パソコンのモニターに彼の顔がアップで映り、一方的にしゃべり始めた。Skype だ。先日、一応スカイプに登録したのだが、使い方が分からない。何度も彼はぼくの名を呼び話しかけるが、どう返答していいかわからない。急いで電話をかける。スカイプについてマイケルがいろいろ指示してくれたが、よくわからない。結局、電話で話すことに。ひとつは二人の共通の Zen master について、もうひとつはレナード・コーエンの Live in London について。DVD を見たかと聞くと、もちろん見たとのこと。「オークランドのコンサート会場で買ったプログラムに Pico (Iyre) のエッセイが載っていた。いいエッセイだった」と言うと、「ピコとレナードは前から親しい関係にある」とマイケルが言う。

そのピコのエッセイを読んで、一台しかなくてなかなか使えないホテルのパソコンからソニーの栗原さんにローマ字でメールを打った。もう印刷に回されていて間に合わないかもしれないと思ったが、「テイク・ディス・ワルツ」の中の「
引き裂かれた朝の一片が/霜の画廊に掛かっている」の「霜」にカタカナで「フロスト」とルビをふるようにお願いした。in the Gallery of Frost を訳すとき、ロバート・フロストのことも頭に浮かんで、「フロストの画廊」と訳すことも考えたが、「霜の画廊」と訳した。「朝の一片」と「霜の画廊」は相性がいい。「フロストの画廊」では、眼前の霜の降りた早朝の景色ではなくなってしまうと思ったのである。しかし、ピコがコーエンの今回のコンサートの作品の中には「ロバート・フロストを暗示する表現もある」と書いているのを読んで、ルビをふることを思いついた。栗原さんから返事がなかったので、間に合わなかったかもしれないと思っていたが、帰国後、ルビがふられていることを知った。

                  *

隣町からオーリアッドのホームページを偶然見たという二人の若い女性が聞きにきくれたり、I-ターンで2年前に信州に来た福田さんが、京都出身という同僚の藤原さんを連れてきてくれたり、太田さんが大槻(大)さんと遅くに寄ってくれたり、賑やかな飛び入りライブになった。

藤森さん、「人生に勇気」「愛音」など4曲。その中には愛音ちゃんが今保育園で習っているという「大きな古時計」も。今日の午後、ギターを弾いていると、愛音ちゃんに「この歌知ってる?」といわれたらしい。大月さん、「ザ・ローズ」「カノン」「Merry Christmas, Mr. Lawrence」の3曲。最後の曲は最近何かのバックで使われて話題になっているとのこと。次にぼくが大月さんのサポートで「ガビオタの海」「バード・オン・ザ・ワイヤー」「祈りの歌」の3曲。ここで休憩。



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休憩後、藤森さん、「今日は土曜日」「シャボン玉」「もうすぐ一年生」「クローズ・ユア・アイズ」。2曲目は今日初めてきた藤原さんのパーカッション入り。4曲目は大月さんのピアノと藤原さんのカホンのサポート。彼が叩いているカホンは彼の手作りとか。いい音がする。材料は唐松とのこと。続いてぼくがソロで「ダンス・ミー・トゥ・ジ・エンド・オブ・ラブ」と「スザンヌ」、そして大月さんのサポートで「一通の手紙」。

これで本日の飛び入りライブ終了、と思ったら、太田さんと大槻さんが入ってきた。茅野で行なわれた友人の結婚式の披露宴で演奏した帰りとか。「天の河原で」「ディジー・ビジー」「宇宙の歌」の3曲。1、3曲目が太田さんの、2曲目は大槻さんの、オリジナル。大槻さんのピアノのが以前よりタッチが柔らかくなったような。このあと、大月さんと太田さんにお願いして、コーエンの日本語ヴァージョン3曲を合わせてみる。「ダンス・ミー」はいい感じだが、「スザンヌ」は難しいかも。ぼく自身がもう少し歌いこむ必要がある。月曜の夜、再度練習することに。


December 11, 2009 Friday

朝から雨。昼前、岡谷の林さんの奥さんがカレンダーを届けてくださった。毎年いただく谷中「いせ辰」の十二支の日めくりカレンダ。来年は寅年。感謝。オーリアッドのレジの近くの柱に毎年飾らせてもらっている。

午後、小雨の中、傘をさして城山までウォーキング。少々寒かったが、行って帰ってきたときには、汗ばんでいた。

夜は、朗読講座の発表会。20数名の方が4人ずつステージに上り、短い物語や童話や、エッセイを朗読。レッスンの成果大いにあり、楽しめた。ぼくが一番気に入ったのは、サルとウサギが互いの癖に難癖をつけるが、最後は仲直りするという話。サルの癖はポリポリと身体を掻く癖。ウサギの癖はピクピクと耳や鼻を動かす癖。




新曲がなかなか書けず、立ち往生している。古い日記を見ていたらレナード・コーエンの次のようなことばが出てきた。

  (歌を書くためには)ある程度の意識的な努力が必要だ。それがないと、すべ
  ては意図と期待だけで終ってしまう。

  結局、(歌を書く秘訣は)毎日書くということ以外にはない。ぼくの経験
  では、歌を書く唯一の方法はページを黒くすること。ほかに方法はない。

  それはその瞬間以外には語ることのできないもの。歌がいかに、いつ生ま
  れるか、実際どうやって生じるかは、分からない。

  歌は贈物。ぼく自身、その分け前にあずかってきた。贈物をもらえないと
  きはもらえない。贈物がもっと増えれば嬉しいが、それについては何もい
  えない。というのは、歌を書くということは奇妙な出来事で、書こうと思って
  書けるものではない。(Oread Diary, March 28, 2007)

書けなくても、諦めず、意識的に努力しなければならない、と言い聞かせてがんばろう。

昔、京都に住んでいたころ最初にコーエンの訳を依頼してくれたヘッケル菅野さんから、吉祥寺のライブに来てくれるとのメールがあった。感謝。

彼のブログがあることを知らなかった。『ディランに会ったらよろしくと』
http://midiinc.com/cgi/contents/magazine_top.php?id=4

このブログの中の
「ヘッケルのプレイリスト2009:イッツ・オール・グッド」によると、彼の今年のベストアルバム25のトップは、当然のことながら ボブ・ディランの Together through Life。3位にコーエンの Live in Londonが来ている。その順位に関しては若干異議があるが、Together thorugh Life の中のベストは Forgetful Heartであるということには大いに同意する。


December 10, 2009 Thursday

松本へ。Live in London disc one 、1曲目の Dance Me to the End of Love を聞いたり歌ったりしながら行く。ディノ・ソルドーのエレクトリック・クラリネット (Akai EWI4000 Electric Woodwind) が間奏に入ってきたとき、12月18日(金)の年末ライブに木管楽器があればいいなと思った。そのとき、以前何度か一緒に演奏したサックスプレイヤーの太田君を思い出した。

夕方家に戻って、電話をしてみた。最近は一時休んでいた音楽活動も再開し、各地で忙しく活動しているので、難しいかなと思ったが、その日は空いているとのこと。参加してもらえることになった。ギター野間、ピアノ大月、サックス太田の3人の強力なサポート。卓越したミュージシャンたち。ぼくがしっかりしなければ。

松本からの帰り、楽器店に寄り、弦とピックを買う。バックパッカー用のエクストラライトも。

オーリアッド。ジブランの会の方々。そのあと、田中先生と学生2人。今夜は Joy to the World の演奏。

明日は、朗読講座の発表会。26名ほどの方が発表されるとのこと。楽しみである。


December 9, 2009 Wednesday

朝食後、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいると、郵便屋さんがポストに何か入れていくのが見えた。最近郵便の配達が早くなった。以前はいつも午後2時か3時だった。外に出てポストの中を見ると封書がひとつ。イ・スヒョン君のご両親からだった。今年外国から届いた Season's Greetings の第一号。

「あなたがそばにいてくれて、どれだけ心強かったことか、いつもいつも感謝の気持ちでいっぱいです」と書かれていた。これはぼくに対する言葉というよりは、彼の死を悼んだすべての人への言葉である。妹のスジンさんはどうしているだろうか。もう一度、プサンへお会いしに行きたいものである。

今夜は家人がオーリアッドへ行ってくれるとのことで、家にいてコンサートの準備。というよりも、新曲を完成させようと試行錯誤。まだまだ完成にはほど遠いが、いい方向に進んでいる。最近では珍しい日付の入ったバラードになりそう。


December 8, 2009 Tuesday

午後2コマのクラス。今日の歌は Hallelujah。今日はとりあえず2番まで。この歌を全部歌うのは難しい。ジョンの命日。リマスター盤の中から、Nowhere Man を聞く。ぼくの好きなジョンの歌のひとつ。

4時半過ぎ、アルプス市場に寄り買い物。お店を出るともう外は真っ暗。Live in London の disc two を聞きながら、山麓線を南に下る。「ハレルヤ」を聞きながら、この歌を最初に訳したとき以上に、この歌は、コーエンの歌に特徴的な聖と性を、特に後者を、歌っているのではないかと思った。旧約聖書への言及はあるが、あまりそれにとらわれてはいけない。王座が壊され、髪を切られたのはダビデ王でもサムソンでもなく、コーエンであり、この歌を聞く「私」であり「あなた」である。ジェフ・バックリーは、彼のこの歌のカバーは、「『オルガスムのハレルヤ』に対するオマージュである」と語ったことがある。同感。Live in London の「ハレルヤ」 5th verse はそのつもりで訳した。

年末ライブが近づいてきた。毎年のことなれど、やはり少しずつ緊張してきているのが分かる。この時期気をつけなければいけないのは体調。昨年は、風邪気味でまったく声が出なかったが、コンサートの2時間だけ、奇跡的に、声が出た。その前の年も、その前も、一週間ほど前に風邪を引き病院へ行ったことを思い出す。一度は突発性難聴で入院した直後で、自分の歌う声が、雑音が混って聞こえてきたこともあった。今年は今のところ大丈夫。ウォーキングのいい影響があるのかも。

夜、今年のセットリストを考えたがまだ決定できないでいる。コーエンの影響が強い「門」ははずせない。


December 7, 2009 Monday

今朝メールをチェックしたら、「田んぼオーナー募集中!」のメールが入っていた。日本最古の道祖神がある沢底地区の「合鴨農法の薮田グリーンファーム」から。せめて自分で食べるものは自分で作りたいという思いをもって信州に戻ってきた。野菜は作っているが、お米は作ったことがない。1区画2.5アールで、25000円。最低100キロのお米を保障してくれるとのこと。

現在近所の農家から玄米を購入しているが、自分で除草剤を使わず合鴨農法で作ることができるのは魅力的。田起し、田植え、草刈、除草、稲刈り、脱穀と、地元の農家が指導してくれると書かれている。家人と相談し、申し込むことに。電話で「まだ残っていますか」と問い合わせると、「最初の申し込み者です」とのこと。契約成立。とりあえず来年一年やってみよう。

午後、今は退職されているが、かつてコーエンなどの担当者で、数年前コーエンの最初の3枚のアルバムが再リリースされたとき、対訳を依頼してくださり、各アルバムのブックレットにエッセイも書かせていただいたOさんに電話。「ありがとう、ミスター・コーエン」という名の年末ライブへお誘いするため。Oさんはぼくの声を聞くと驚いて、「今、三浦さんのブログを読んでいたところです」とのこと。シンクロニシティ。「あの・・、12月18日に吉祥寺で・・」というと、「知ってますよ」とのこと。ありがたいことに、来てくださることになった。

Oさん曰く、「『ライヴ・イン・ロンドン』は今年のベストアルバムですね」。それを受けてぼくが言う、「それにしてもグラミー賞のどの部門にもノミネートされていないのが不思議ですね」。10部門にノミネートされている femail vocalist がいるが、 コーエンの Live in London が、Album of the Year か Best Male Pop Vocal Performance か、あるいは Best Pop Collaboration with Vocals にノミネートされてもいいはず。グラミー委員会はどういう基準で選考しているのか。委員会のメンバーは Live in London を聞いていないのではないか。

4時過ぎ、ウォーキングに。夕映えの守屋山が美しい。家に戻ると、屋根の上にヒコウキ雲。葉を落とした白樺の枝のシルエットも美しい。





December 6, 2009 Sunday

今日は同姓の会。例年温泉のある施設で行なわれるが、どこも満員だったとのことで今年は町のお寿司屋さんで。12時から。かつて三浦姓は村にかなりあったとのことだが、現在は6軒に減少。少子高齢化の現在、三浦姓のみならず、村の人口は減少の一途をたどっている。同じ村に住んでいても日ごろ顔を合わせない人も多く、この会のおかげで情報を共有できる。

昼間からちょっと飲みすぎて、そのあとは仕事にならず。夜、正岡子規の学生時代の話のドラマを見る。家人は1回目から見たようである。どの程度史実に忠実かわからないが、明治時代の風俗が想像できて面白い。子規が野球のユニフォームを着た映像があった。ぼくの父も旧制佐沼中学時代、野球が好きでチームを作っていたとのこと。子規のユニフォームと似たユニフォームを身につけた父の写真が何枚か残されている。胸のところにはローマ字で AOBA とネームが入っている。父が生まれたのは1905年(明治37年)。子規が亡くなった2年後のこと。来週日曜日の最終回もおそらく見ることになるだろう。

12月1日に、円高を利用してアメリカのアマゾンに注文したビートルズのボックスセットが昨日届いた。あまりのはやさに驚いた。しかも送料7ドル98セントを含んで169ドル99セント。早速、Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band を聞いた。サウンドの良し悪しに無頓着なぼくが聞いても、確かに音がいい。


December 5, 2009 Saturday

若さに溢れた飛び入りライブになった。しかもレベルの高い。午後、家の電話が鳴った。受話器をとると「今日、オーリアッドはやっていますか」とのこと。「6時にオープンします。是非お出かけ下さい。演奏しますか」と答えると、「私ではなく娘です」とのこと。「確実にいけるかわからない」とのことだったので、半信半疑だったが、サウンドチェックをしているところに、やってきた。話を聞くと、お父さんは初期オーリアッドのコンサートには何度かやってきたようだった。娘さんはロックバンドで歌っているという。スレンダーな長い髪の素敵な高校3年生。松尾レミさん。

ぼくが Bird on the Wire と Dance Me to the End of Love の日本語ヴァージョンを歌ったあと、レミさんに歌ってもらうことに。バンド名は Glim Spanky だが、ソロのときは I Stand Alone という名前とのこと。歌い出して驚いた。スレンダーな身体からは想像もできないパワフルで表情のある声。自作の Ether (エーテル)、Mr. Sleepy など。お父さんも以前歌っていたというので、一曲どうですか、とお願いする。ギターは長いこと弾いていないのでと、アカペラで「未熟児」という自作の歌。この父にしてこの娘あり。詩が面白い。シュールである。次回はギター弾き語りでお願いできたらと思う。

次にやってきたのが、島岡さんのファミリー。島岡さんからも今日の午後、「今夜お邪魔いたします」とのメールが入った。先ずお父さんが、豊田君の「チャオプラヤ河に抱かれて」のカバーなど3曲。息子の領大君がマンドリンでサポート。続いて娘さんの秋佳さん(19歳)と領大君のユニット「こおろぎ会すずむし支部」の演奏。お父さんの歌「カブトムシ」など3曲。凄い。今夜のオーリアッドは18歳と19歳のfemale vocalists に占領された感がある。







レミさんはエレキギターも持ってきているとのことで、後半エレキで演奏してもらうことに。Shelter など2曲。これまた凄い迫力。続いて大月さん、「ザ・ローズ」と「カノン」をメドレーで。この組み合わせで聞いたのは初めてかも。その後、大月さんのサポートで赤羽さん「千両梨の実」。そして最後は、島岡ファミリーバンド。お父さん作詞作曲の「こおろぎの歌」など2曲。前半にも増して秋佳さんのヴォーカルが映え、領大君のリードギターも素晴らしかった。ステージ下手でギターを弾くお父さんも幸せそう。

これで今夜の飛び入りライブ終了。今夜は、regular member が、インフルエンザや他の用事でこられなかったりと、どうなることかと思っていたが、終わってみれば、実に素晴らしい夜になった。豊丘村からやってきた松尾さんとレミさんに、そして飯田からやてきた島岡さんのファミリーバンドに感謝。息子さんや娘さんたちと音楽を楽しんでいる二人のお父さんを見ていると、こちらも幸せな気分に。長島さん曰く「最後のファミリーバンド、よかったですね。子供たちのお父さんに向ける優しい眼差しが」。

遅くに入ってきた宮木公民館の方々が、最後の最後歌うことに。武井さんがヴォーカルとギター、長島さんがギター。「愛しのエリー」、そして「宮木の歌」。確か以前オーリアッドで分館バンドが演奏したときは「愛しのエリー」のボーカルは武井さんではなかったような気がするが、なかなかよかった。

ところで、レミさんが所属する Glim Spanky は、ティーンネージャー限定のロックコンテスト「閃光ライオット 2009」のファイナリストになり、8月8日には東京で1万人の聴衆の前で演奏したとか。そしてファイナリストに選ばれたバンドの演奏がすべてスタジオで録音しなおされ、オムニバスCDが先日発売されたとのこと。

次のURLからもレミさんが歌う Mr. Sleepy を聞くことができる。ソロとバンドで。
http://www.youtube.com/watch?v=IlR2vGua8DY
http://www.youtube.com/watch?v=y-Vo3pYqiVw&feature=player_embedded#



December 4, 2009 Friday

うれしいことがあった。高校時代、英語を教えていただいた宣教師の奥さんの住所が分かった。原田さが今夜それをもってきてくれたのである。9月の後半、東京在住の高校の大先輩から、彼女の住所が分からないかという問合せのメールが入った。ぼくがマカルパインご夫妻について書いたものをオンラインで読まれたとのこと。ずっと前、信大の英語講師をしていた松本の宣教師の息子さんから、マカルパインさんはお亡くなりになったが、奥さんはお元気でカリフォルニアに住んでいると聞いたことがあった。彼に教えてもらおうと、事務局に彼が何曜日に教えに来るのか問い合わせたところ、今は教えていないとのこと。数年前アメリカに帰ったらしい。

それで当時岡谷の教会の信者でマカルパインご夫妻をよく知っていた原田さんに住所を探してもらえないかとお願いした。原田さんが教会に通っていた頃からもう50年近い年月が流れている。マカルパインご夫妻を知っていた方々も高齢になり、なかなか住所を知っている人がいなかったが、今日、ようやく何人もの人を経由して、連絡先が分かったとのこと。

奥さんは今年91歳。先輩と原田さんのおかげでぼくも彼女にお礼の手紙を差し上げることができる。お二人に感謝。それにしても凄い時代である。 Google Earth で検索したら、奥さんが住んでいる家がはっきりと映し出された。静かな郊外の住宅街。

久々に、小野の森林伝道師の中村さん。共通の友人から Live in London のDVD を借りて2度見たとのことで、レナード・コーエンの話で盛り上がる。「こんな爺さんになれたらいいね」と伝道師が言う。「ほんとにね」とぼくが言う。帰りに Live in London (DVD) と Live at the Isle of Wight 1970 (CD/DVD) を買っていってくれた。11月24日に発売になった Live at the Isle of Wight 1970 は息子さんが見たいと言ったとか。彼と彼の友だちがまた歌いにきてくれるといいのだが。

その後、赤羽(真)さんが同僚二人とやってきた。同僚の一人が、 One More Cup of Coffee をリクエスト。その歌をかけたあと、 Chirstmas in the Heart をかける。「これ、本当にボブ・ディラン?」とその人が言う。最後は赤羽さんがギターを弾いて彼が歌う one man folk festival。

いい夜であった。


December 3, 2009 Thursday

昨日はいい天気で満月がきれいに見えたが、今朝起きてみると小雨が降っている。傘が必要というほどではないが、夕方まで降り続いた。しかし、気温がそれほど下がらず雪にならないでよかった。

午後のクラスのあと、久しぶりに、あがたの森の喫茶店へ。ドアを開けて入るとマスターが開口一番、全席禁煙にしたらお客さんが減ってしまったと言う。2週間前から禁煙にしたらしい。以前は奥に禁煙席があった。「実験的に禁煙にした」というので、「そのまま続けたほうがいいですよ」と励ます。「栗ぜんざい」なるものを注文した。甘い!

ひとつのクラスでここ数週間、環境について読んでいるが、今日読んだところに positive feedback という表現が出てきた。ポジティヴとあるから、なにか肯定的なものかと思ったら、後戻りができずに前に進まずにはいられない状況を指すらしい。悪循環的に制止不能になる状態。南極の氷が溶け始めることによって、地球温暖化はポジティヴ・フィードバックの様相を呈し始めている。もちろん positive feedback には肯定的な意味で使われることも可能だろう。いくつもの幸運が呼応しあって、幸運が次から次へと起こってくるような。そんなことはありえないか。

What do you think of the plan of the Democratic Party of Japan to make the freeways toll-free? (民主党の高速道路無料化計画についてどう思うか)という問いに対して、7割の学生が、環境汚染が進むという理由で反対だった。高速を使うとラッシュアワーの渋滞が避けられ、排気ガスを出す時間が少なくなり、環境のためにいいという意見もあった。ぼくは高速無料化に賛成だが、最近のニュースではすぐに全面的に無料にはならないようだ。無料でなくてもいい。もう少し安くできないか。

少し遅れてオーリアッドへ。いつもは遅くにお見えになる原田さんが今日はすでにカウンターに。久しぶりに四間飛車で守りを固めたが、上手くいかなかった。最近負けが込んでいる。

後半忙しくなる。スピーカーからはレナード・コーエン、そしてドリス・デイ。「ケセラセラ」。 What will be will be!


December 2, 2009 Wednesday

以前、Dance Me to the End of Love を訳して何度か歌ったことがある。今日の午後、それに手を加えて、歌いやすくした。何度か歌ってみる。いい感じである。

午後4時半、家人とウォーキングに。この時間に遊歩道の最後にある公園に行けば、満月が昇るのを見ることができると思ったのだが、少々早過ぎた。途中、サッカーをしている子供たちに会った。ぼくを見ると「写真を撮ってくれたおじさんだ」と言いながら手を振ってくれる。ちょうど一週間前に同じ場所で出会った子供たち。今日は並んで記念写真。こんな子供たちがまだいると思うとうれしくなる。

オーリアッドへ行く前に、車で城山公園へ行き満月の写真を撮る。残念ながらもう真っ暗。2日前に見た感じとは違う。それでも、とてもいい眺め。11時過ぎ、オーリアッドから戻り、家の庭でもう一枚。




子供たちの写真は夕方早速焼き増しして、家人に届けてもらった。子供のひとりが「ぼくの家はあそこ」と教えてくれていたので。こんな可愛い知り合いができたのは、ウォーキングを始めたおかげ。


December 1, 2009 Tuesday

いよいよ師走。午後、2コマの授業。4階の教室を出て1階の事務局へ。オーディオ機器の入ったキャビネットのカギを返しに行く。ズボンの右ポケットに手を入れたが、ない。左のポケットにも、ない。上着のポケットを全部探したがない。4階まで階段を駆け上り、教室に入り、キャビネットを見る。あった!カギ穴にぶら下がっていた。

帰りに Kentucky Fried Chicken のお店へ。朝、家人から頼まれた。彼女も、今朝電話で知り合いから頼まれたとのこと。以前は松本駅の近くにあったが、今は南松本にしかないとのことで、ラッシュアワーで少し苦労したが何とか見つけた。わが家にも一箱。

ビートルズのリマスターBoxset、購入するかどうか迷っていたが、円高の現在 amazon.com だったら安いかもしれないとチェックしたら、大正解。早速注文することに。届くまでに1ヶ月はかかりそうだが、I can wait.


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