OREAD Diary

August 1〜August 31, 2007



August 31, Friday 2007


8月最後の日。雨が降ったり止んだり。午前中、昨日急いで送った対訳を推敲し、再度送る。昼過ぎ少し陽が射した。自転車で8軒の組長宅へ。9月分の広報などの配布物を届ける。30分近くかかって家に戻ると、ぽつりぽつりとまた雨。ぐるりと回って、すれ違った人、0。すれ違った自動車、1台。見かけた猫、2匹。

午後遅く、少し昼寝をし、オーリアッドへ。先日、石崎さんに入れてもらったモニターの調節を試みる。スピーカーの位置やアンプの音量を変えてみる。音量が多いとハウリングがおこる。片方のスピーカーからギター、もう片方からヴォーカルを出すと、聞きやすい。使いこなすにはもう少し時間がかかりそうだ。

ボスの新しいアルバムについてのエッセイというかライナーノートを依頼された。時間の余裕はあまりない。訳しながら脳裏をかすめたさまざまな思いをまとめてみようと思う。このアルバムを理解する鍵はアルバムタイトル曲 Magic だと思う。

11時閉店。明日のために玄米を洗い、炊飯の予約をし、外に出る。明日から9月。だいぶ涼しくなった。


August 30, Thursday 2007

朝から翻訳。午後7時過ぎ、11曲+1の訳詞を送る。正規の歌詞が届いて丸三日。内容の難しさを考えると、自分でも驚くべき速さ。と、自画自賛しておこう。巷間、軽快なロックンロールへの回帰との評判。しかしそこはスプリングスティーン。根底にあるものは変わらない。

7時半過ぎ、オーリアッドへ。しばらくして甲府から、今村さんとお仲間4人が、offnoteの神谷さんが企画したコンサートのチラシをもってやってきた。原田依幸というジャズピアニストを中心にした一大音楽家集団によるコンサート。甲府は、10月2日(火)。詳しくは、offnote のブログで。

8時過ぎ、太田裕士さんと Joe Troopさん。ジョーは、明日、成田から、故郷ノースカロライナへ戻るとのこと。やがて小さな送別コンサートに。久々に「虹の中へ」を聞く。今夜はジョーのバイオリンの音色がいつもより甘く優しく聞こえた。特にソロのとき。Parting is a sweet sorrow. 別れに伴うある種の感傷ゆえか。赤羽真理さんもかけつけ、「旅人の木」と「千両梨の実」。ぼくも新曲「ぼくは唱歌が下手だった」と「果樹園の道」。赤羽さんとぼくの2曲目に太田さんがサックスでサポート。

 

上村消防団の法被を来たジョーの姿が目に浮かぶ。おそらく長い間、上村の人たちはジョーのことを忘れないだろう。11時閉店。


August 29, Wednesday 2007

ここ数日没頭していたのは、ボスのニューアルバム。難しい。いつものことながら、四苦八苦。ラフの訳はほぼ完成。これからが楽しい作業。

6時から、土曜日以来のオーリアッド。タウンズ・ヴァンザント。何人かのお客さん。合間を見て、翻訳。

大倉山水曜コンサートまでちょうど一週間。体調を整え万全を期したい。


August 26, Sunday 2007

辰野町公民館と今村分館主催の「ふるさと探訪」の日。午前9時15分前、徳本水の駐車場へ行くと、すでに多くの人たち。放置自動車が撤去されていてよかった。9時、徳本水を少し上ったところにある今村公園で開会式。その後、ほぼ2時間半かけて、三十三所観音をたどる。旧道から下峠をのぼり、尾根を歩き、上峠を下るコース。最後に今村神社と香住寺の由来の説明を受ける。

暑い日だったが、山中は気持ちのいい風が吹き、涼しかった。今村に嫁いで50年、初めて「冥土の土産話に」裏山に登ったという年配の方もいた。参加者は老若男女100名を超えていたようである。

 



楽しみにしていた午後一時からの、上島、唐木沢、今村の三部落親睦ソフトボール大会は、翻訳の仕事が入り、やむなく欠席。4時からの懇親会に出席させていただいた。顔を出すだけと思っていたが、生ビールが美味しく、話に花が咲き、結局万歳三唱まで。

夜は2時間ほど少しうたた寝したあと、翻訳。


August 25, Saturday 2007

飛び入りライブ。いつもより少し早めに始まった。まず、牛丸、荒川、森西の三氏が歌う。森西さんを除いて京都から。明日伊那の喫茶店で歌うためにやってきたとのこと。最初に歌った牛丸さんには何度か拾得で会ったことがある。池谷さん from Shimada, Shizuoka、昨年に続いて2度目。「そんな人になりたい」など。藤森さん「子守唄のように」など。Kinds of Tea from Osaka もオーリアッド2度目。ギター・インストラメンタルなど。ぼくが「ぼくは唱歌が下手だった」と「果樹園の道」を歌ったあと、藤森さんと大月さんのセッションで「Close Your Eyes」。前半終了、10分休憩。大月さん、体調が悪いとのことで、ここで早退。











後半のトップは藤森さん、「おまえの歌が聞こえる」など。赤羽さん「旅人の木」「千両梨の実」。池谷さん、Song for an Orphan など。Kinds of Tea、後半はマイクなしの完全unpluggled。Hotel California など。確かにマイク不要と思わせるだけの豊かな声量。ダニエル、新曲 Runner Girl など。守屋さん、ダニエルのサポートで Love Me Tender など。最後は、Kinds of Tea, 守屋さん、ダニエル、池谷さんのセッションで、Get Back と Sweet Home Chicago。盛り上がった。

その後、しばし歓談。


August 24, Friday 2007

昨夜オーリアッドから帰宅し、メールをチェックしたら、 Magic の対訳依頼がきていた。まだ音源も歌詞も届いていないが、 ネットで2曲分の歌詞を獲得し、訳し始めた。1曲目、Radio Nowhere。難しい。忙しくなりそうだ。

今日は、朝と夕方、庭と畑の整理。芝を刈り、ビーバーで雑草を刈った。少々疲れ、オーリアッドに入るのが遅くなった。

オーリアッドに入ってからしばらくして、クレイトンが義理の妹さんと入ってきた。サンタクルツに住むアメリカ人。前回会ったのは冬。着ている長袖のフードつきのsweatshirt をもらったことを覚えている。彼も8月18日、松本市体育館で相撲を見たとのこと。カリフォルニアで毎場所、NHKの相撲中継を見ているらしく、ぼくよりも相撲に詳しい。ひとしきり相撲談義。

その後、Radio Nowhere について彼に質問。示唆に富む答えが返ってきた。月曜には帰国するとのこと。再会を約す。


August 23, Thursday 2007


午後、石崎さんが、松本へ行く途中寄ってくれた。明日松本大学で仕事があるとのこと。モニタースピーカーを二つ設置してくれた。石崎さんは両脇の壁に取り付けたいと金具も用意してきてくれたが、その金具ではスピーカーの重さを支えきれない。というよりは、壁の杉板が柔らかく、ネジで止めても、割れて抜け出てしまう。とりあえず、床においた。

7時から歌声喫茶。懐かしいいくつかの歌。久しぶりに「富士は日本一の山」を聞いた。

10時過ぎに、10人ほどのお客さん。K県議が飲み屋で出会ったという若者たちを連れてきた。その中の一人がギターをもっていた。歌ってもらうことに。素晴らしい感性。完成された作品。小横川出身で、今は神奈川の大学に通っているとのこと。今度の土曜日は用事があってこれないが、今度帰省したら歌いにきたいとのこと。面白い夜だった。

昨日の日記に、高校野球決勝戦のストライク/ボールの判定がおかしかったと書いたが、そう思ったのはぼくだけではないようだ。広陵高校の選手、監督も、そしてテレビを見ていた多くの人たちも、同じように感じたようだ。あの球をボールと言われたら、ど真ん中に投げるよりしょうがないだろう。

*昨日の日記では長崎日大と書いたが、広陵高校の間違い。


August 22, Wednesday 2007

今日は、「今村区ふるさと探訪」(8月26日)と防災訓練(9月2日)の件で大忙し。切羽詰まらないと動き出せない性格が災いして、いつも最後になって慌てることに。

「ふるさと探訪」は辰野町公民館主催。どなたでも参加できます。辰野町以外にお住まいの方でも興味のある方はどうぞ。参加希望される方は山道を歩ける履物と服装をお忘れなく。10年前ぼくがよく走っていた裏山を3キロちかく歩きます。ハイヒールでは絶対無理。詳しくは次の矢印から。

午後役場へ行く直前、高校野球の決勝戦を7回ごろから見た。どうみても4-0でリードしている広陵が有利に思えた。ところが8回裏に佐賀北が満塁ホームランなどで一挙5点をあげ逆転。

佐賀北のどのバッターのときだったか覚えていないが、広陵の投手が投げた低めのストレートを、審判はボールと判定した。ぼくには明らかにストライクに見えた。三振かフォアボールか、運命の一球。そのフォアボールがなければ結果は逆になっていたかも。

「ぼくは唱歌が下手だった」、ほぼ完成。今夜遅くなって練習してみる。レパートリーに入れることができそうだ。

遅くなって、土砂降りの雨。11時過ぎ閉店。外に出ると小降りになっていた。それでもまだ気温は20度を超えている。家に戻り、テレビをつけたら、ニューヨークは記録的な寒さだという。自然はどこかでバランスをとっているのだろうか。


August 21, Tuesday 2007

朝、自転車に乗って、村を一周。配布文書と回覧文書を8軒の組長宅へ。途中、木陰で立ち話。暑い。暑いけれど、ほのかに涼しい風も吹いてくる。見上げると、かすかに秋の気配。

東京在住の高校の先輩Kさんから、冊子(同人誌)が送られてきた。「歌の来た道 行く道」というエッセイで、Kさんはマンダラ2で聞いたぼくの歌にも言及している。

そのエッセイの冒頭に「僕は唱歌が下手でした」という詩が引用されていた。昭和23年に、ジャワ島で法務死した、つまり戦犯として処刑された人の詩。

  僕は唱歌が下手でした
  通信簿の乙一つ
  いまいましさに人知れず
  お稽古すると母さんが
  優しく教えてくれました

獄中で書いた4つのヴァースからなる詩。この詩のサード・ヴァースにも「風」が登場する。

  故郷を出てから12年
  冷たい風の獄の窓
  虫の音聞いて月を見て
  母さん恋しと歌ったら
  皆が泣いて聞きました

同封されていた手紙には、この詩に曲をつけて今年のマンダラ2で歌ってもらえないかと書かれていた。早速曲をつけてみた。

サード・ヴァースの2行目、「獄の窓」は目で見ると意味がすぐわかる。しかし「ゴクノマド」と聞いただけではわかりづらい。「冷たい風の獄窓で」に換えたほうがいいか。「ゴクソウデ」もわかりづらいことはわかりづらい。いっそ「冷たい風吹く牢獄で」にするか。しかし、虫の音を聞き月を見て、故郷を偲び母を恋うるイメージには「窓」が必要である。などといろいろ思案中。

横浜在住の別の先輩からは、大倉山水曜コンサートに10名予約したとのメールが入った。ありがたいことである。


August 20, Monday 2007

昨日は一日、区の力仕事。夜は区の委員会。今日はその疲れが残っている。時々うとうと。しかし、うとうとばかりもしていられない。9月2日の防災訓練の日が近づいている。そのプログラムを作成し、回覧板で回さなければならない。段取りが悪く、午後いっぱいかかってしまった。

「風」の入ったぼくの歌のタイトルを当てるクイズの締め切りは今日。総応募人数6名。全15問正解者3名、13問正解者2名。10問正解者1名。15問正解者のうち2名が千葉市在住、1名が札幌市在住。13問正解者のうち1名は尼崎市在住。1名が京都市在住。10問正解者の1名は辰野町在住。全員男性!嗚呼!

まだどなたにもCD-Rを発送していません。もうしばらくお待ちください。

  1.強い風に揺れる、木々のざわめきの中に (私は風の声を聞いた)
  2.終わりのない旅を行く強い風の中で (山頭火)
  3.野原には風が巻き起こっている (パーティーは終ったよ)
  4.風吹き渡り、空は澄み、木々は緑だったよ(幼いころ野原には)
  5.くすの木の梢をわたって、気持ちのいい風が吹いてきます (宝福寺にて)
  6.遠くに聞こえるフリーウエイの響き、風の音、子供の歌声 (サンタバーバラの夏)
  7.赤いコートが風にゆれ、あなたは決して振り向かなかった (私信)
  8.風が吹いて揺れるたびに、アルーがぼくの名を呼ぶ声がする (アルー)
  9.梢をわたる風だけが、悲しく歌っていました (松毬)
  10.おまえは南の海から吹いてくる風 (薫子)
  11.あとは風に任せるがいい、翼を広げて (あの果てしない大空へ)
  12.芦の葉末に風そよぎ、木の葉かつ散る秋の暮れ (次郎)
  13.冷たい風がホームを吹きぬけた (カムサハムニダ、イ・スヒョン)
  14.春は名のみの風の中に (千の風)
  15.窓を開け、風を入れ (新しい光迎えよう)


  
 *1, 2, 3, 9 from 『私は風の声を聞いた』、 4, 5, 10 from 『漂泊の友』
     6, 7 from 『ポジティヴリー寺町通り』、8 from 『セカンド・ウインド』
     11 from『メッセージ』、12 from 『碌山』、13, 14, 15 from 『千の風』



August 18, Saturday 2007

ある人の付き添いで大相撲松本場所を見に行くことに。正面、土俵から5列目。すぐ前に松本市長。地方巡業はスポーツというよりはショーの要素が大きいが、元来相撲好き、楽しめた。興福寺の阿修羅像を思わせる顔つきの安馬という力士の立ち振る舞いに魅せられた。

4時過ぎ家に戻り、少し休んでオーリアッドへ。今夜は、静岡の山下和子さんが、オートーハープの演奏にきてくれることになっていた。最初に登場したのは山下さんの二人の友だち、from 飯田。まだ演奏者が誰もいない。それでぼくが「カムサハムニダ、イ・スヒョン」、そして「果樹園の道」を歌う。その間に徐々に演奏者到着。

先ず藤森さん、いつもの「子守唄のように」など3曲。続いて飯田の中島裕志さんと久保田晃さんのユニットで「紙芝居」「イムジン川」など。中島さんは山下さんのオートーハープ仲間。中島さんは日本におけるオートーハープ教の教祖らしい。最初にやってきた二人はコカリナの名手だと中島さんから耳打ちされる。早速、山村俊子さんと香山幸子さんの二人にお願いする。「故郷の春」「埴生の宿」など。柔らかい心を和らげる音色。続いて小穴正幸さん。新曲「上諏訪、You Are on My Mind」など。大月高志さん、「G線上のアリア」。彼がオーリアッドでこの曲を弾くのは初めてだと思う。そして、山下さん登場。まずソロでオートーハープの演奏。繊細な美しい響き。そのあと、山村さん香山さんのコカリナとの合奏。このあとぼくが「千の風」を歌う。山下さんを知ったのは、彼女が『千の風』を注文してくれたことが縁なので。ここで前半終了。











後半のトップ、藤森さん。「今日は土曜日」など。赤羽真理さんご存知「千両梨の実」。大月さん「ロンギング/ラヴ」、そして「カノン」。リクエストに応えて「ローズ」。小穴さん、名曲「レクイエム」など。中島さんと久保田さんのユニットで「静かな暮し」「This World Is Not My Home」など。山下さん、先ず、山村さん香山さんとの合奏。最後にソロで「リユニオン」。静岡は少し遠いけれど、是非またきてもらいたいもの。最後に、Sweet Home Chicago by Hajime Tanaka with Takashi Otsuki on piano and Junya Kasuga on cajon.

その後しばし歓談。山下さんのおかげで、とてもいい夜になった。春日さんの顔を見たのは久しぶり。免停中で、今夜は岡谷から自転車できたとか。驚いた。


August 17, Friday 2007

朝6時半、昨日の納涼祭の後片付けのため、でんで原へ。8時、家に戻り、朝食後、少し横になる。昨夜は少々飲みすぎ、今日は体調が悪い。午後、伊那の眼鏡市場へ中近両用眼鏡を取りに行く。

今、その眼鏡をかけて書いている。最近は歌うとき歌詞カードが読めなくて苦労することがある。この眼鏡なら老眼鏡に換えなくてもよさそうだ。運転するときは、遠近両用を使うつもり。

夕方6時から、辰野出身の彫刻家、瀬戸剛君の日本芸術院賞受賞のお祝いの会に出席。中学時代の同年生。元首相秘書も含め150人ほどの参加者。この賞は大変な賞らしい。彫塑の部では、長野県出身者としては1954年に清水多嘉示氏が受賞して以来初とのこと。

明日は、いくつかの偶然が重なり、ボランティアとして松本へ相撲を見にいくことに。


August 16, Thursday 2007

朝、盆棚を片付け、お墓参りに。お墓は家から歩いて数分の山裾にある。線香と花を供え、その石の下にはいないと知りながら、石に向かって般若心経を唱える。

午後3時から、区民バレーボール大会。そのあと納涼祭。暑かった。生ビールが美味しく、少々飲みすぎた。暗くなってから、子供たちの「どんぶや」があり、最後に花火大会。夜空に大輪の花が咲いた。

 



夜8時過ぎ、納涼祭から戻ってテレビをつけると、京都五山の送り火の生中継。その中で女性のアナウンサーが、90を過ぎたおばあさんに、お盆で帰ってきた亡き夫と、どのように過ごし何を話したかという主旨の質問をした。いろんなことに気づかせてくれる質問だった。

それから、横浜に住むICU時代の先輩Yさんからハガキが届いていた。9月5日の大倉山水曜コンサートに奥さんときてくれるとのことだった。Yさんとは一年間寮の部屋が同じだった。各学年一名の4人部屋。ぼくが1年で彼は3年だった。長い間会いたいと思っていた人の一人。41年振りの再会ということになる。

長い一日。


August 15, Wednesday 2007

終戦記念日。暑い一日。40℃を超えたところが出たようである。人間の体温をはるかに超えている。木陰に入っても涼しくない。風が吹いても、生ぬるい。汗が吹き出る。会う人はみな口々に「暑いですね」。

62年前のこの日もこんなに暑かったのだろうか。62年前の今日、10歳だった人と、その10年後に生まれた人では、当然のことながら、この日に対する思い入れは異なるだろう。

その日、ぼくはこの世にいなかった。まだ6ヶ月か7ヶ月の胎児だった。生まれたときから、この日を、周囲の大人たちの話のなかで体験してきた。多くの人たちが空襲警報や灯火管制や闇の買出しなどの苦しい生活を語った。息子や兄弟を失った悲しみを涙ながらに語る人たちもいた。中には殺した敵の数を自慢する人もいた。今思えば、その自慢話がどこまで本当だったか怪しいものだが。

今晩は、普段あまり出ないアイスコーヒーがよく出た。それだけ暑かったのだ。

浅間縄文ミュージアムでのトーク&ライブの詳細が届いた。9月14日(木)から17日(日)まで、ギター愛好家たちによる「オレ!ギター展」というギターのコレクションの展示があり、このライブはその展示会の企画の一環のようである。

  三浦久トーク&ライブ「千の風に吹かれて」

  日時:9月15日(土)午後5時半開場、午後6時開演
  会場:浅間縄文ミュージアム
     長野県北佐久郡御代田町大字馬瀬口1901-1
  チケット:前売り1500円、当日2000円(定員50名)
  プレイガイド:浅間縄文ミュージアム窓口
  問合せ・予約:0267-32-8922
  主催:Best Friends&浅間縄文ミュージアム


August 14, Tuesday 2007

午前中、定期検診のため町営病院へ。先月の血液検査の結果が出ていた。ここ数年100を超えていたγ-GTPの値が64に下がっていた。正常値は16〜73。総コレステロールも中性脂肪も基準値の範囲内に。減量の成果である。まだオーバーウエイトであることには変わりないが。

専任の仕事をやめてから量は減ったが、それでも年に2回、成績をつけ提出しなければならない。採点も大変だが、さらに大変なのが、成績をつけること。今日は一日、AにするかBにするか、それともCか、と頭を悩ませた。締め切りは明日。

夜遅く、ソフィーとフィービーをつれて夕涼みに。真っ暗な庭のベンチに二人を置き、ぼくは別の椅子に腰掛けて流れ星を探した。もの凄い数の星。しばらく見上げていたが、ひとつも星は流れなかった。時間が早かったのかも。


August 13, Monday 2007

朝食後、盆棚を作り、飾り付ける。母が元気だったころは、母の仕事だった。今、家人がそれを受け継いでいる。ぼくは言われるまま、物置から、提灯の入った箱を出し、組み立てたり、庭のススキの葉を編んで敷物をつくったり。盆棚の両側に提灯と庭の花が飾られ、床の間には般若心経の掛け軸が下がり、お盆らしくなった。

夕方、迎え火のために、庭の白樺の木の薄皮を剥いで火をつける。よく燃えた。

丁度一週間前、大倉山水曜コンサート「千の風に吹かれて」をお知らせする通信を書いているとき、ふと思った。ぼくの歌には風の歌が多いと。それで思い出すままに、「風」が出てくるフレーズを15曲分書いて、全曲タイトルがわかった人には、ぼくのライブ音源を集めたCD-Rを差し上げるというクイズにしてみた。15曲全部当てるのは難しいので、13曲正解でOKということにした。

全曲わかる人はいないだろうと思っていたら、今日までに全曲正解者2名。13曲正解者1名。

翌日全曲正解を送ってくれた方は次のように書いてあった。

  確かに「風」を歌った歌が多いですね。歌詞カードとにらめっこしながら全15問の
  解答を見つけ出すのに1時間近くかかってしまいました。私は長野ジャーナルの
  「ぼくが出会った歌、ぼくが出会った人」で三浦さんを知り、オーリアッドレコード
  でCDを購入し三浦さんの歌を聞くようになりました。初期の頃のLP4枚はヤフー
  オークションで入手していますので、何とか解答できました。歌詞の中にタイトルが
  入っている8番は比較的簡単でしたが7番、9番、10番はかなり難易度が高いと思い
  ます。

このクイズを試してみたい方は、次の矢印から。 13問以上正解でライブ音源のCD-Rを差し上げます。


August 11, Saturday 2007

午後12時半から、お寺の施餓鬼法要の手伝い。会場設定、それにお布施の受付、終わってからは後片付け。最後に、役員も食事の施しをいただく。5時過ぎ、中座させていただき、家に戻り、シャワーを浴びてオーリアッドへ。

オーリアッドに入るとすでにお客さんが2番テーブルに。赤羽孝昌さんご夫妻。しばらくして大月高志さん、それにダニエルと彼の「幼馴染み」スティーブンが入ってくる。それに千葉の名取芳夫さんのご夫妻も。今晩は出足が早い。

まずぼくが久しぶりに歌う歌を2曲。そのあと赤羽孝昌さんにお願いする。アカペラでいつもの「みんなちがってみんないい」。そのあと、藤森さん「人生に勇気」「子守唄のように」など。親戚の方のご不幸で寝不足が続いているとか。そんなことを感じさせないいつもの藤森節。次に大月さん。しばらく、結婚披露宴のBGMとしてピアノ演奏を依頼されるときの苦労というか工夫を話したあと、いつもの「カノン」。今日は落ち着いたしっとりした演奏。同じ曲でも、これは誰に対しても言えることだが、そのつど違う。そこがいい。カラオケだとそうはいかない。

ダニエルのサポートでスティーブンが He Was a Friend of Mine, One More Cup of Coffee それに初めて聞く モートン・バッファローの That's the Last Time。派手な演奏ではないが、good groove, good vibe。次にダニエル、ソロでオリジナル3曲。 Stars in Your Eyes, Stay, The Sound of the City。前半最後は川島茂さん。「夏祭り」それに40代の自分を歌ったオリジナル「フォーティーズ」、そして昔書いたラブソング「空は続いていても」。川島さんの歌のうまさと相俟って、オリジナル、特に「フォーティーズ」が印象に残った。












後半は各人2曲でお願いする。トップは赤羽真理さん。いつもの「旅人の木」と「千両梨の実」。大月さんのピアノサポート。藤森さん、「おまえの歌が聞こえる」「今日は土曜日」。次は大月さんの番だが、遠慮されるので、藤森さんの「愛音」にギターを弾いてもらうことに。His guitar work is as good as his piano, it seems.

ここで、最近よくオーリアッドを訪ねてくれる名取さんご夫妻に一言語ってもらうことに。オーリアッドは伊那富橋から西へ4軒目。名取さんの実家は、伊那富橋から東へ8軒目あたりにあるらしい。お母さんに会いに時々帰省されるとのこと。もし、おっしゃるように、オーリアッドの存在が、帰省を楽しみにさせているならば、それはうれしいこと。川島さん、大月さんのサポートで「恋しくて」など。スティーブン、ポール・ケリーの Little Decisions など。ダニエル、Last Thing on My Mind など。フィナーレに、大月高志(piano)、ダニエル(guitar)、そしてスティーブン(vocal, guitar)で、 Knockin' on Heaven's Door。太平洋をヨットで横断したり縦断したりした海の男スティーブン。その静かな自信が、心地よいバイブレーションとなって伝わってくる。演奏は人柄と密接な関係があると再認識させられる。

ここでライブは終わり、しばし歓談。

            ■

と思っていたら、そこへ、太田裕士さんと彼のバンド ahum のメンバーが入ってくる。10時半過ぎ、ひょっとしたら11時近かったかも。松本の「喜源治」というお店でのライブの帰りとのこと。井口喜源治と同じ名前だが、関係があるかどうか聞き忘れた。

1曲演奏してもらうことに。即興演奏。太田さんがまず客席の端からハーメルンの笛吹き男よろしく、たて笛を吹きながらステージに近づく。ピアノとパーカッションが徐々に加わり、女性のヴォーカリストが時おり踊りながら歌う。歌うというより、チャントするといったほうがいいかも。後半、太田さん、たて笛をサックスに持ちかえる。やはり彼にはサックスが似合う。残念ながらぼくは、厨房でピラフを作ったり、カレーを温めたりしなければならず、出たり入ったり。



8月はツアーでいろんなところを回っているようである。猛暑が続いている。少し疲れているように見えた。老婆心ながら、無理をしないようにと願わずにはいられない。

            ■

家に戻ったのは真夜中をかなり過ぎてから。それでも暑い。本当に暑い。メールをあけたら、中村ブンさんのギタリスト、箱守さんからメールが届いていた。

  連日35度以上。回りがコンクリートだらけの東京は夜も全然気温が下がらず、汗
  だらだらで寝ている状態です。エアコンもありますが、つけっぱなしだと体がお
  かしくなるんでせいぜい寝る一時間位の間だけです。あとは前述の如くです。

箱守さん、そしてみなさん、猛暑お見舞い申し上げます。ご自愛下さい。


August 10, Friday 2007

忙しい一日。朝、区の委員が電柵の補助金などのことで話にくる。そこへ隣村の公民館分館長。4地区マレットゴルフ大会などについて立ち話。そのあと10時から、保険福祉センターで、地域福祉推進委員会。場所を間違え、数分遅れる。すでに町長の挨拶が始まっていた。空いている椅子にすわったら、係りの人が近づいてきて「すみません、靴を下駄箱へ入れてきます」とひそひそ声で言う。しまった! 出席者の足元を見たら、誰も靴を履いていない。スリッパさえも。

昼過ぎ、午睡のあと、でんで原の工事現場へ。お盆の期間中の重機の置き場所についてお願いする。16日は区の納涼祭で、バレーボール大会や花火大会がこの場所で行われる。

午後7時から8時15分まで「千の風に吹かれて」と題するトークライブ。JCの南信圏合同例会にて。このタイトルのトークライブは今日が初めて。時間の関係もあり、後半が尻切れトンボになってしまった。もう一工夫必要。伊那JCの理事長Sさんの所信表明並びに基本方針に感銘を受ける。

9時過ぎオーリアッドへ。 The Rose が流れていた。



August 9, Thursday 2007

朝、明日のトークライブの会場である伊那のマリエールへ。サウンドチェック。Shure のマイク。モニターもある。しかし、天井に埋め込まれたいくつかの小さなスピーカーの音は反響して聞き取りづらい。リバーブを切ってもらった。それでも反響する。おそらく、披露宴用の四角いホールのせいだろう。明日は、自分の機材をを持っていくことに。

帰りに、マリエールの近くの眼鏡市場に寄り、中近両用の眼鏡をお願いする。前回の検査の記録があるので、新たに検査する必要はないとのこと。出来上がってくるのは一週間後。

午後5時、辰野営農組合設立総会に来賓として顔を出し、その後オーリアッド。

11時過ぎ閉店。家に戻り、車から降り、見上げると、満天の星空。その真ん中を天の川が流れている。きれいだ。What a wonderful world!


August 8, Wednesday 2007


午前10時、眼鏡市場へ新しい眼鏡を取りに行く。よく見える。遠近の遠を少し弱くし、近のほうを強くしたとのこと。遠と近の差が少なくなり、見やすいはずとのこと。近を強くしたということは、老眼が進んだということか。フレームは昔かけていたワイヤーリムの丸いフレーム。家人曰く「あまり変わって見えないけど」。

新しい眼鏡でモニターを見ながら作業をしてみた。前の眼鏡より見やすい。しかし、眼鏡の半分上が遠くを見るためのもの。モニターをクリアーに見ようとすると、顎が上がってしまう。中近両用の眼鏡をつくる必要があるかも。

明後日は久々にトークライブ。今年のトークライブの1回目。何を語り、何を歌うか、およその流れを、昨年と今年のライブのアンソロジーを聞きながら考える。

今日から立秋だという。とうてい秋だとは思えない。連日の猛暑。


August 7, Tuesday 2007

朝、階下に降りていくと、家人が「セミが殻から半分出ただけで死んでる。メールボックスの近くの植木鉢の近く。取っちゃって」と言う。「自分で取ればいいのに」「気持ち悪い」。うむ、ぼくだって気持ち悪い。でも仕方ない。ゴム長に履き替え、軍手をして、近づくと、殻から抜け出たばかりの透き通るようなセミが石段にとまっている。きれいだ。30分後、買い物のために家を出るときは、すでに茶色に変色し始めていた。3時間後、松本から戻ると、すでにどこかへ飛び立っていた。

翡翠のような生まれたばかりのセミの写真は次の矢印から。

堀六平さんからメールが届いた。来週日曜日8月12日の朝、六平さんの番組で「碌山」と「千の風」をかけてくれるとのこと。SBCラジオ「堀六平のおなはし音楽会」、午前8時40分から。ありがたいことである。長野県以外の方にはあまり馴染みがないかもしれないが、六平さんは一世を風靡したワサビーズというバンドのリーダー。

今日も暑い。ソフィーとフィービーを何度か外に連れ出してやった。この暑さの中、毛皮にくるまれていたら耐え難いだろう。ソフィーはおっとりしていて、あまり動かない。フィービーは活動的で、すぐにベンチから飛び降り、動いているものに興味を示す。




August 6, Monday 2007


暑い一日。家の中にいても汗がしたたり落ちる。朝、隣村の区長さんから電話があり、水路のことで一緒に役場へ。ついでに、電柵の補助金について質問をし、放置自動車の撤去代の支払いもすませる。

午後1時過ぎ、NHK京都放送局の若きディレクターNさんが訪ねてくる。今年の七夕コンサートを聞いたとのこと。『千の風』は当日拾得で買い、『追憶の60年代カリフォルニア』は後日、古書店で買って読んだとのこと。いくつか質問を受ける。

オーリアッドも見たいというので、電車の時間まで、オーリアッドへ。学生時代、ギターを弾いていたこともあるという。今度は是非、歌いにきてほしいもの。

昔、NHK大阪放送局制作の「若い広場」の司会を何回かしたことがある。驚いたことに、Nさんによれば、そのときのディレクターのAさんが、現在京都放送局にいるとのこと。『千の風』のCDをAさんに渡してもらうようお願いする。いろんな縁があり、いろんな出会いがあり、面白い。

夜、ソフィーとフィービーを連れて庭のベンチへ夕涼みに。暑い一日だった。


August 4, Saturday 2007

出掛けに人が訪ねてきたり、電話があったりで、少し遅れてオーリアッドへ。すでにお客さん。更に何人かのお客さんが入ってくる。いつも最初にやってくる藤森和弘さんが指定席の1番ではなく5番テーブルに。藤森さんが玄米ピラフを食べている間、ぼくが歌う。「幼いころ野原には」など。次に藤森さんにお願いする。オリジナル3曲と河島英五のヒット曲「時代遅れ」。先日亡くなった阿久悠さんの作詞。何度もこの歌を耳にしたことがある。レコードが発売される前、英五君自身がこの歌をオーリアッドで歌うのを聞いたこともある。でも、正直なところ、いい歌だと思ったのは、今日藤森さんが歌うのを聞いたとき。

  目立たぬように はしゃがぬように
  似合わぬことは無理をせず
  人の心を見つめつづける
  時代遅れの男になりたい

次に登場は小穴正幸さん。ギブソンの調子が悪いのでギーターの修理をかねて、お母さんに会いに、埼玉からやってきたとのこと。もっとも印象に残った歌は、「今年も春はけなげに訪れてくれました」というコーラスの入る歌。次に大月高志さん。1曲目を弾き出したとき、あちこちで喚声があがる。ベット・ミドラーの The Rose。盛大な拍手。続いていつもの「カノン」。拍手鳴り止まず、3曲目を弾いてくれることを誰もが期待したが、大月さんははにかみながらステージを降りてしまう。このあたりが大月さんらしいところ。続いて、赤羽真理さん。「鹿のように」「千両梨の実」など。後者は大月さんのサポートが入る。前半最後は、ぼくが再び歌う。「果樹園の道」「千の風」。前者は松本から聞きにきてくれた小学校時代の同級生のために。

  目を閉じれば、幼い君とぼく
  アカシヤの花咲いてた、村の果樹園の道









10分の休憩。そして後半。トップバッターは藤森さん。大月さんのギターとピアノのサポートで3曲。「おまえが壊したギブソンのギターは俺が修理に出して、今ではいい音がする」という主旨のことばが入る「おまえの歌が聞こえる」が心に沁みた。数週間前に初めてこの歌を聞いたときから、友達のために書いた歌だと思っていた。今夜、これは5年前に亡くなった弟さんのために書いたものだと知った。

続いてダニエル。先ず先日生まれた長男のために書いた Stars in Your Eyes、コーエンの Hallelujah、そして Highheel Sneakers。3曲目は軽快なロックンロールで、客席から手拍子が。小穴さん、豊田君の「さあもういっぺん」と 「アメイジング・グレイス」。説得力があった。歌い出す前に、赤羽さんの「千両梨の実」を今夜初めて理解できたと語る。赤羽さんが前半に歌った「鹿のように」を聞いたので。旧約聖書「詩編」の中のとこばに曲をつけたもの。小穴さんがカトリック信者だと、後で知った。赤羽真理さん、「ホーボーズ・ララバイ」と「旅人の木」。最後に、ダニエル、小穴さん、大月さんの三人で I Shall Be Released。途中「男らしいってわかるかい」が入る。大いに盛り上がる。

その後しばし歓談。早くからきてくれていた初対面の久保田さんと話す。11月23日の勤労感謝の日に、安曇野市堀金で開催される教育集会でのトークライブの詳細についてお聞きする。久保田さんもギターを弾いて歌うとか。次回おいでになるときは、是非歌ってもらいたいもの。


August 3, Friday 2007

待ちに待った日。所定の手続きを経て、今朝ようやく放置自動車が撤去された。6月9日、放置されていると連絡をもらってからずっと頭から離れたことがなかった。感慨深いものがある。

午後はボランティアセンターへ災害時支援マップ作りの第3回講習会。今回は実際のマップ作りのワークショップ。

まだ先のことだと思っていた南信圏JC例会でのトークライブは一週間後。その会の総務委員長のKさんが今夜最後の打ち合わせにやってきてくれた。心配でもあり楽しみでもある。

11時、閉店し外に出る。風が強い。雨はぱらつく程度。153号線から徳本水のところで旧道に入る。見慣れたものがなくなってみると、一抹の淋しさが。No kidding!



August 2, Thursday 2007


区の高齢者を中心にした月一回開催される徳寿会という会が午前10時から開かれた。今月のメインイベントは、宮木の食生活改善推進協議会の方々の調理による「バランスのとれた食事」。



先ず、ストレッチ体操をし、歌を歌う。今日はぼくの選曲と伴奏で「みかんの花咲く丘」「朧月夜」「うみ」「浜辺の歌」「あざみの歌」「夏は来ぬ」「ふるさと」「夏の思い出」。最後に、歌ってほしいとのリクエストで「果樹園の道」と「千の風」を歌わせていただく。

その後、朝早から調理していただいた料理をご馳走になりながら、説明を受けた。メニューは「生姜ご飯」「白身魚の中華風あんかけ」「キノコの白和え」「なめこ汁」。デザートに西瓜。

すべて美味しかったが、特に、生まれて初めて食べた「生姜ご飯」が気に入った。4人分の作り方は次のとおり。

材料:米2合、新生姜20g、油揚げ40g、薄口醤油 20g、酒60g、塩2g、酢少々。

作り方:1.米はといでおく。2.新生姜は皮をむいて細千切りにし、酢を少々加えて水にさらし、変色を防ぐ。3.油揚げは湯通しして油を抜き、千切りにする。4.1の米に2と3をのせ、水、薄口醤油、酒、塩を加え、ひと混ぜしてから、炊く。

ミネソタ州の橋の崩落には驚いた。Twin Cities つまりミネアポリスとセントポールの二つの町をつなぐ重要な橋。ミネソタ大学のキャンパスは橋を挟んで両方の町に分散している。若きロバート・ジママンもかつてこの橋を何度も渡ったはず。

久しぶりに ryu の歌を聞く。彼の歌を初めて聞いたときの衝撃を思い出した。そのときから、ぼくの歌い方が徐々に変化し始めた。「果樹園の道」を歌うようになったのも、彼のおかげ。

台風の影響か、夜になっても蒸し暑い。


August 1, Wednesday 2007

朝、畑に耕運機をかける。通りかかった近所の人から、こんなに暑い日は、10時過ぎは働かないほうがいいとの忠告。確かに暑い。忠告を聞いて残りは明日に。20分ほど動いただけなのに、汗びっしょり。

家に入り、シャワーを浴びてTVを入れると、ちょうどヤンキースの松井がバッターボックスに。見事なホームラン。今日2本目とか。7月で13本。一方、通算500号のホームランを目前にしたアレックス・ロドリゲスがしばらく打てないでいる。今日も5打数無安打。彼ほどの卓越した選手でも、やはり意識すると打てなくなるものなのか。

無心に打つ、無心に歌う。なかなか難しい。

午後、最近テレビで宣伝していた伊那の眼鏡市場へ。今かけている眼鏡は2002年5月にソウルで購入した遠近両用眼鏡。近頃歌うときに歌詞が読めないことがある。近眼が進んだのか、老眼が進んだのか。入念に検査を受けたあと、今回も遠近両用眼鏡を購入することに。レンズはニコンの超薄型。乱視入り。これで一式2万円を切るというから驚き。フレームは昔していたものに近いワイヤーリムの丸いフレーム。一週間後にできてくる。もしこれが調子よかったら、今日勧められた中近両用眼鏡も考えてみることにしよう。

オーリアッドに着いて、気がついた。カバンをお店に置いてきてしまった。一週間後、眼鏡を受け取りに行くときでもよかったが、カバンの中には老眼鏡が入っている。老眼鏡がなかったら、パソコンに向かうこともできない。折り返し伊那へ。目も悪くなったが、それ以上に忘れっぽくなった。水道の水を出しっぱなしにしたり、電気を消し忘れたり。耳はもともと悪い。困ったことだ。

土曜日以来のオーリアッド。音楽は土曜日に引き続いて「ブエナヴィスタ・ソーシャル・クラブ」。このCDはいつ聞いてもいい。手段としての音楽ではなく、目的としての音楽がそこにある。



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