OREAD Diary
July 1-31, 2013

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Wennesday, July 31, 2013

午前1つ、午後2つの試験。明日もう2つ。それで学校のほうは一応夏休み。採点は残っているが。

夕方家に戻り、しばらく休んで、オーリアッドへ。「天竜づくだし倶楽部」主催の歌声喫茶の日。夏にちなんだ歌の数々。少し遅れて、人気者の5歳の指揮者登場。万雷の拍手。彼の得意の「めだかの学校」。




ぼくの車のCDプレーヤーは気まぐれで、音が出たりでなかったり。特に寒いときは「ディスクの状態をお確かめください」が出て受け付けない。数日前、長島君が、CDプレーヤーのレンズの汚れをクリーンアップするディスクを貸してくれた。早速使おうとしたが、そのディスクを受けつけない。仕方なしに、歌声喫茶のあと、彼にその旨話し、ディスクを返すことに。

彼はそのディスクをもち、ぼくの車に行き、しばらくして戻ってきた。「一応掃除できました」とのこと。明日、松本へ行くときにCDを入れて確かめてみよう。



Tuesday, July 30, 2013

午後、明日の試験問題を印刷するために松本へ。

行きも帰りも、今朝石崎さんから届いた「ほたる祭りライブ」の音源を聞く。清水・小山・三浦間のケミストリーは悪くなかったが、ぼくのMCは散々だった。健忘症というか言語障害というか、簡単な言葉が出てこない。ライブの前々日に起こした追突事故の影響がかなりあるよう。

客席のみなさんが大きな声で「種の歌」を歌うのを聞いて感激した小山さんが「素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい」と連呼したのが印象的。

清水君の話術には、毎度のことながら、驚かされる。彼が語るたびに爆笑の渦。

3人で歌った「祈りの歌」「パーティーは終わったよ」はリハーサルなしにしてはよかった。12月14日(土)のマンダラ2での再会が楽しみである。

今朝見たら、子供と思われる小さなカミキリムシが一匹、短かく切られた枯れ木の上で動きまわっていた。親たちを探しているのかな。


Monday, July 29, 2013

終日、期末試験の作成。5クラス、3種類の試験問題。試験を受ける側も大変だが、出す方も大変。時々庭に出て一回り。雨が降っていたせいか、例のカミキリムシの姿は見えなかった。


Sunday, July 28, 2013

朝食後、昨日の続きで、実り始めた遅蒔きのトウモロコシの周りに柵をし、網をかける。ついでにその横のスイカ畑にも。今年はスイカがたくさんなっている。少なくとも10個はあるだろう。例年、カラスにつつかれたり、猿にとられたり、あるいは腐らせたり。

トウモロコシ畑の中には虎の風船を入れ、見張ってもらうことに。意外とこれが効く。そのあと、先日切り倒した紅葉の木のことろにいったら、小さなカミキリムシが3匹いた。前回見たときは、2匹だった。親子3人という感じだった。写真を撮ろうと近づくと、1匹が羽音をさせて舞い上がり、隣の家の木の上まで飛んでいった。戻ってきて家族と一緒になっただろうか。




午後は疲れて午睡。そのあと、6時から区の森林生産組合の委員会。

短い会議のあと、懇親会。マチュピチュから帰ってきたばかりの人と隣り合わせになり、いろいろ話を聞く。成田から、アトランタ経由で、ペルーの首都リマに着くのにほぼ24時間かかったらしい。そのあとバスで4000メートルを超えるアンデス山脈を越え、ナスカの地上絵を見て、マチュピチュへ上ったとか。「結構体力を使うので行くなら今のうちがいいですよ」とのアドバイス。シャーリー・マクレーンの Out on a Limb を読んだときから、マチュピチュに行きたいと思ってきた。果たして今生において実現できるだろうか。



Saturday, July 27, 2013

今夜最初に入ってきたのは、牛山一雄さん。佐藤つぐみさんから話を聞いてやってきたとか。Oread Diary も読んでいるようで、Kindle の調子はどうですかと聞いてきた。彼は iPad を使っているとのことで、早速カバンから取り出して見せてくれた。うむ。なかなかよさそう。本を読む機能も充実している。iPadにしておけばよかったかもという思いが脳裏を過ぎる。いやいや、他人のもっているものを羨んではいけない。まず Kindle を使いこなさなければ。

トップは佐藤さん、後半は電車に乗って出かけるところがあるとのことで、前半のみ。Scarborough Fair (short version)、「ソコカラナニガミエル」、そして前回も歌ったオリジナル。可能性を秘めた19歳。原田和恵さん、まずピアノ独奏「ラルゴ」。そして歌。You Raise Me Up と Lascia ch'io pianga (私を泣かせてください)。朗々たる歌いっぷり。坂井俊水さん、「ラジオ体操の歌」新曲 I'm Walking (それでいいさ)。そして、Don't Look Back in Anger。

久々登場の堀越哲朗さん。前半はギターで、石原吉朗の詩に自ら曲をつけた歌3曲。石原吉朗の詩は文字で読んでも難解なものが多い。読まれたり歌われたりするのを聞くだけではよくわからないものが多い。特に1曲目の「酒の飲みたい夜は」は難しかった。「葬式列車」「自転車にのるクラリモンド」も難しかったが、1曲目ほどではなかった。この詩は高田渡も歌っていると堀越さんがいっていたので、調べてみたら、かない言葉を省略し短かくして歌っていた。それでも難しい。

堀越さんの「石原吉朗」特集を受けて、ぼくが昔の歌「詩集」を歌う。メロディ、コードが少々あやふやのまま。1976年にリリースされた『漂泊の友』に収められている。この歌に登場する詩人は、宮沢賢治、小熊秀男、吉増剛造、坂村真民、そして村上昭夫。ぼくが石原吉朗を愛読したのは、彼が亡くなった1977年11月14日以後のこと。彼が亡くなった日は奇しくもぼくの誕生日。2曲目は1974年発売の My first album 『私は風の声を聞いた』に入っている「神は死んだ」。ニーチェというより、ギリシャの作家ニコス・カザンツァキスの「神が人間を救うのではなく、人間が心の中の牢獄に閉じ込めている神を救うのだ」という主旨の言葉に触発されて書いた歌。テーマは「パーティーは終わったよ」と共通している。最後に「祈りの歌」。

ここで牛山さんに3分間スピーチをお願いする。テーマは「なぜ私は今夜オーリアッドにいるか」。東京から単身赴任しているとのことで、前半終了後、東京へ戻られたが、是非またきてほしいもの。続いて垣内彰さんのスピーチ。最近忙しいらしく久々の登場。「アレチウリ掃討大作戦について」。わが家の北側の空家の庭からもアレチウリらしい蔓科の草が押し寄せてくる。切っても切っても延びてくる。

丸山俊治さん。歌声喫茶の伴奏で名古屋へ行ってきた帰り。夏になるとよく歌う戦争や原爆投下とかかわる「とうもろこしの葉っぱ」、そして幼くして満州で亡くなった2人の妹さんのことを歌った「ぼんぼん」。続いて長島功さん、亡くなった先輩にささげた「最後の手紙」。ここで休憩。丸山さんのお土産「うなぎパイ」をみなさんに。そしてわが家のトウモロコシも。







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後半トップは、前半に引き続き長島さん。「無縁坂」、そしてお父さんを歌った「ブリキの魔法」。MCでお盆までにお母さんにささげる歌を完成させると公言。締め切りを設けることで、自分にプレシャーをかけて上手く行くことがある。坂井さん、「恋心」「ぼくらの夢」。最近彼の演奏が極めて安定し、説得力をもってきたと感じている。この2曲もよかった。丸山さん、「人生の椅子取りゲーム」と「70歳になったのだ」 with Oread All Star Band。後半入ってきた名取さんとお友達の方々に大受け。ここで名取さんの3分間スピーチ。恒例の夏のカウンセリング研究会につてなど。

堀越さん、後半はエスラジの演奏。皆さん、身を乗り出して、耳を澄ませてその美しい音色に酔いしれる。聞きながらふと思った、エスラジの演奏と詩の朗読を組み合わせたらどうかと。赤羽真理さん、公民館分館の会議で来れないと聞いていたが、遅くに駆けつけてくれた。ご存知「千両梨の実」。最後に、赤羽、原田、三浦の3人で Amazing Grace と Good Night Irene。

来月、「歌と語りでつづる引揚げものがたり」というイベントが松本であり、丸山さんもそこで歌うことになっている。今夜丸山さんが歌った歌は、このイベントにぴったりの歌ばかり。

歌と語りでつづる引揚ものがたり
  〜満蒙開拓団・青少年義勇軍の逃避行〜


日時:平成25年8月9日(金)午後2時〜4時30分
会場:林友ホール2F
    松本市双葉18-22 Tel: 0263-25-1345
入場料:500円
申込み・問合わせ:信州葫蘆島友の会(株)林友 内
            TEL 0263-29-1232 担当 柳澤さん
主催:信州葫蘆島友の会



Friday, July 26, 2013

トウモロコシを狙っているのは猿だけではない。ハクビシンがいる。昨夜オーリアッドから戻ると、道路にトウモロコシの食べかけが落ちていた。猿は夜こない。ハクビシンに違いない。

今朝、昨年したように、回りに金網を張ろうと杭を打ち始めたが、思いついてトウモロコシをひとつもいでみた。十分に実っている。ここはこれで収穫し、2週間ほど遅れて別の一角に種をまいたトウモロコシの防御をすることに。

ジャガイモもは今年は4種類植えた。その中の大白(タイハク)を掘ってみる。これも十分に食べられる。

そのあと、刈り払い機で、ヒマワリ畑の草を刈る。汗だく。

午後昼寝。前後の脈絡のない昔の夢を見た。心静まる夢。最近この種の夢を見る。夜、サンデッキに出て坐っているからだろうか。

オーリアッド。Kindle で三木清の『人生論ノート』を読む。若い頃の愛読書のひとつ。読み直してみて、昔おそらく傍線を引いたであろういくつもの箇所に出会った。そのひとつ。

機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福はつねに外に現れる。歌はぬ詩人といふものは真の詩人でない如く、単に内面的であるといふような幸福は真の幸福ではないであらう。幸福は表現的なものである。鳥の歌ふが如くおのづから外に現はれて他の人を幸福にするものが真の幸福である。


Thursday, July 25, 2013

午後2コマのクラス。前期最後のクラス。来週は期末試験。

蒸し暑い。ぼくも疲れているが、学生も疲れている。居眠りをしている学生もいる。無理もない。試験の準備やレポートで寝不足しているに違いない。

2つのクラスの間の休憩時間に、マーク・Bが新聞の切抜きをもってきてくれた。よく見たら書評専門のLondon Review of Booksの切抜きで、House of Earth, A Novel by Woody Guthrie とあった。ウディ・がスリーが小説も書いていたとは知らなかった。

家に戻って記事を読む。これは1947年に書かれたガスリー唯一の小説で、出版されたのは2013年2月とのこと。66年振りに陽の目をみたことになる。次のURLからその小説の表紙を見ることができる。
http://www.amazon.com/dp/0062248391/ref=rdr_ext_tmb#reader_0062248391

8時前、オーリアッドへ。家人と交代。Kindle をみていたら、英語の本の場合は、音声を聞くことができることを発見。これは便利。今日もいくつかの無料本をダウンロード。そんなにダウンロードしても読めないものを。


11時過ぎ、家にもどってもまだ蒸し暑い。長期予報では8月9月も例年より暑くなるとのこと。

12時過ぎ、夜坐のためサンデッキに出て坐っていると、横から、かすかな「ニャッ」という、呼びかけるような声。フィービーが首を傾げて、ぼくを見ていた。しばしフィービーを膝に乗せて遊ぶ。



Wednesday, July 24, 2013

水曜日は、午後はクラスのあと、あがたの森の喫茶店でコーヒーを飲んだり、TSURUYA 並柳店で買い物をしたり、一番リラックスできる日だった。数週間前から4講時のクラスを引き受けることになり、もっとも忙しい日になってしまった。でもそれはある意味ありがたいこと。最初は扱いづらかったが、新しい教材にも徐々に慣れてきた。この教科書からも大いに学ぶところがある。

3講時のクラスで余談のついでに舟木一夫を知っている人いる? と聞いたら、まったく手があがらなかった。「高校三年生という歌を歌っていた人」と言うと、「聞いたことがあります」とまん前にすわっている学生が言う。世代間のギャップがますます広がっているような。

4講時のクラスに2人の留学生がいる。韓国、そしてモンゴルからの女子学生。授業が終わったあと、彼女たちが来週の期末試験について質問にきた。無理もない。信州大学に留学して初めての期末試験である。ぼくの試験だけでなく、すべての試験において、言葉の問題がある。ぼくも昔カリフォルニアで同じような経験をした。多くの先生、多くの友人に助けられてなんとか卒業できた。

韓国からの留学生に「果樹園の道」の出だしの部分を韓国語で歌うと、にっこり嬉しそうに微笑んだ。韓国ではよく知られた歌らしい。

今日一番嬉しかったことは、朝から夜まで何回血圧を計っても、上下ともかなり下がっていたこと。特に下の下がりかたが顕著だった。上は120から140、下は70から90。ちょっと信じがたい数字。昨日から飲み始めたエパデールS900の効果としか思えない。

夜8時前、家人と交代するため、オーリアッドへ。裏の厨房のドアから入るとピアノが聞こえてきた。お持ち帰りのピザが焼けるのを待っている原田和恵さんだった。彼女が普段あまり弾くのを聞いたことのないクラシックの曲。トルコ行進曲もその中にあったような。

後半何人かのお客さん。最後にやってきたのは長島君。友達と一緒に。オーリアッドにきたのは初めての人かと思ったら、昔オーリアッドが始まったころ、よく来ていたとか。そのころはぼくはいつもお店にいるわけではなかった。

Kindle をよく覗いている。実に便利である。気をつけなければいけないことは、ぼくには蒐集癖がある。一生かかっても読み切れない本や、聞ききれないCDやカセットテープがわが家のかなりのスペースを占領している。電子ブックが無料だからといって、やたにダウンロードしていると、結局同じことになりかねない。ただ、電子ブックのありがたいことは、かさばらないこと、そして古本屋にもっていったり、紐でくくってゴミステーションにもってゆく必要がないということ。ワンクリックで削除できる。


Tuesday, July 23, 2013

2ヶ月に一度の定期健診の日。いつもぎりぎり予約時間の9時に入り、かなり待たされる。今朝は早く出かけることに。と言っても到着したのは、9時10分前。待合室にはすでにいっぱいの人。

いつもは紙の本を1冊もって行くが、今日は Kindle をもって行く。隅の空いている椅子にすわり、無料でダウンロードした本を読むことに。たくさんのタイトルの中から坂口安吾の『堕落論』を選ぶ。ずっと昔、読んだことがあると思っていたが、読み始めるとほとんど覚えていない。頭の中で『堕落論』と『日本文化私観』がごたまぜになっていたようだ。

『堕落論』は意外と短く、名前を呼ばれる前に読んでしまった。名前を呼ばれたのは次に選んだ『一握の砂』を半分ほど読んでから。1時間半待って、5分の検診。今日は新しいクスリを処方してもらった。エパデールS900。コレストロールや中性脂肪を下げるサプリメントのようなものとか。

午後、明日のクラスの準備。遅くに、家人が一週間前に応急処置したトウモロコの猿対策ネットの補強。今日は蒸し暑く、かなりの汗。

6時、オーリアッドへ。6時半から、原田和夫さんに依頼された彼の高校出身で諏訪地区在住の方々の会。8名の方が集まった。ほぼ2時間、大いに飲み、食べ、語り、楽しい会。年配の方々のためにと家人が朝からいろいろ料理を工夫していたが、気に入ってもらえたかどうか。

家に戻り、『一握の砂』の続きを読む。久々に読み直して感動した。この本も青空文庫から。最後のページに浜野智さんの名前。校正者として。

ふるさとを詠んだ歌をいくつか。

ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく

わがために
なやめる魂をしづめよと
讃美歌うたふ人ありしかな

わが村に
初めてイエス・クリストの道を説きたる
若き女かな

そのかみの神童の名の
かなしさよ
ふるさとに来て泣くはそのこと

ふるさとの山に向かいて
言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな


Monday, July 22, 2013

最近、寝る前、サンデッキに出て、坐禅の真似事をやっている。昔、宝福寺や東福寺で坐らせていただいた頃のようには坐れない。脚が痛くて、結跏趺坐(けっかふざ)はもちろん半跏趺坐(はんかふざ)さえできない。それでも、坐布にすわり、胡坐をかき、背筋を伸ばし、経を唱えたり、数息観をしたりしていると、あの頃の感覚が少しづつ蘇ってくる。

今夜も坐布を抱えてリビングへ行くと、外がかなり明るい。東側のサンデッキに出ると、南の空に満月が。夕方は曇っていたが、いつの間にか雲が切れたようだ。満月といっても真ん丸く見えないものもあるが、今夜の満月は見事に真ん丸。

カメラを取りに行き、写真を撮ることに。最初はうまくいかなかった。最近重宝しているコンパクトなCOOLPIX S6400 ではブレてしまう。古いCOOLPIX P100 だと、少しまし。それでもブレる。そこで坐布を枕に仰向けに寝転び、両肘を両脇に固定して撮ったら、実にきれいに撮れた。両肘が三脚代わりになったようだ。

家に入り、調べたら、満月は2013年7月23日午前3時16分とのこと。ぼくの撮った時刻は23日午前0時38分。真ん丸なわけだ。


午後、芝を刈ろうとしたら、ネジバナがアチコチに咲いている。そのまま刈ってしまうのが忍びなく、1ヶ所に移植することに。上手くついて、来年はここに集中的に芽を出してくれるといいが。

夜、水曜日のクラス、特に新しく引き受けたクラスの予習。そのクラスの期末試験も作らなければならず、教科書の最初から読み始める。教科書付属のDVDをぼくのパソコンでは見ることができない。DVDを見て答える問題もあり、階下に降り、家のDVDプレイヤーに入れると見ることができた。いちいち下に下りてゆくのは面倒くさいが、仕方ない。


Sunday, July 21, 2013

今日は水無月の大祓いの儀が村の神社であった。神社委員として、午前9時から、神殿と社務所と境内の掃除。11時いったん家にもどり、昼過ぎ再度神社へ。午後1時過ぎ、白装束の宮司さんの指導のもと、区長さんは選挙の立会いにいっているので、区長代理さんと4人の神社委員が儀式に参加。そのあと直会少々ビールをいただく。神社委員4名のうち2名が竹入姓。みなさんと話していてタケバンの竹入さんの先祖がわかった。お墓の場所も。タケバンがオーリアッドで演奏するときは、今村からも何人かきてくれそうである。

4時前に家に戻り、隣村の公民館へ。投票のため。

選挙から戻り、家の周りを歩く。桔梗がきれいに咲いている。それにネジバナ(別名モジズリ)も。今年はネジバナが多い。気候のせいか、あるいは芝を刈る回数が少いからか。






よその家のノウセンカズラは木全体を覆うように咲いているが、わが家のは、今年は、下のほうに少し、てっぺんに少し咲いているだけ。花弁は大きい。見上げれば、秋を思わせる空。

選挙の結果には、予想していたとはいえ、失望した。それでもいくつか明るい兆しはみえる。そこに希望を託すより仕方ない。



Saturday, July 20, 2013

OREAD OPEN MIKE: 今夜の出演者は最年少19歳、最高齢73歳。佐藤つぐみさんの登場によって出演者の平均年齢は一挙に若返った。デレク・ハースト、坂井俊水の二氏も20代。しかし、原田和夫、丸山俊治、今井輝男の60代後半から70代前半の三氏も決して負けていない。ブルーズハープ奏者の今井さんは、ハープを吹く前、そっと総入れ歯を取り外すところが目撃された。あの絶妙なる音色の秘密はそこにあるのかも。若者には絶対真似できない裏技だろう。

トップバーターはデレク。オリジナルの Tokio、そして以前原田和恵さんも歌っていた You Raised Me Up。そしてもう1曲オリジナル。佐藤さん、3曲。そのうち、2曲目は新潟へ行く電車の中で詩を書き、曲をつけたという初めてのオリジナル。タイトル未定。今後ぜひ、オリジナルを増やしてほしいもの。和恵さん、夏の定番「夏の思い出」、そして賛美歌を2曲。坂井さん、オリジナル・ラブソング三連発―「恋心」「Winding Road」「君が幸せであるように」。説得力ある歌声。丸山さん、「セピア色の安曇野」、豊田君の「再会」のカバー。そして「人生の椅子取りゲーム」。前にも書いたが、この3曲目はメロディといい言葉といいぼくの好きな歌。8時半に来ると電話をいただいた今井さんを待ちながら、ぼくが歌うことに。Townes Van Zandt の If I Needed You をぼくなりに自由に訳した歌「もしぼくが君を必要としたら」。歌い終わったところで、赤羽真理さんと今井さんが入ってくる。

先ず赤羽さんにお願いする。「闇の中に独り」と「旅人の木」。ここで和夫さんのスピーチ。先ず、夏はこれに限ると、素足に草履の効用を語ったあと、傾聴「ボランティアについて。老夫婦が守っている立派な家の蔵にたくさんネズミが棲みついた話など。今井さん、義歯をそっと取り外し「ステンカラージン」と三橋美智也の「古城」。ブルーズハープ、ウエスタン風いでたちと、三橋美智也の異種の組み合わせが面白い。ここで休憩。佐藤さんの新潟のお土産のクッキーをいただく。









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後半、ぼくの「果樹園の道」「即宗和尚」のあと、デレクが「Heart without Boundaries」を含むオリジナル2曲。佐藤さん、「茜色の空」、そして「金星」。 2曲目はElle Garden というバンドの歌とのこと。坂井さんがギターでサポート。いい歌である。坂井さん、まずStarfish を、ヴォーカル佐藤つぐみ、ギター坂井俊水で。佐藤さんは自分でギターを弾きながら歌うときより、ずっと自由でのびのび歌っていた。坂井さん、2曲目はソロで Missing You。今井さん「千の風になって」「悲しい酒」。和恵さん「めぐり会い」「今日の日はさようなら」。長島さん、中三の息子の話を少ししたあと「ブリキの魔法」。丸山さん、数年前、和夫さんの話を聞いて書いた「白雪先生」を本人の前で。赤羽さんがマンドリンでサポート。2曲目は、和恵さんののピアノとヴォーカルのサポートで「雪のかくれんば」。赤羽さん、いままでに聞いたことのない歌。「そんな小さ孤独のために死んではいけない」というフレーズのある歌。今夜の最後を飾る曲は「千両梨の実」。

酷暑のさなか歌いにきてくださったみなさんに感謝。いい夜になった。

家に戻り、メールをチェックしたらCDが届いたというメールが入っていた。この人はてっきり舟木一夫さんのファンで「宝福寺にて」の入っている『メッセージ』を注文してくださったと思っていた。そうではなかった。次のように書いていた。

最近、ふとしたことで三浦さんのCD『祈り』に出会いました。あふれる思いで胸がいっぱいになりました。もっともっと早く出会っていたかったです。アマゾンで購入できるCDには、種類に限りがありましたので調べているうちにこちらにたどり着きました。そして舟木一夫さんがコンサートで「宝福寺にて」を歌われているということも知りました。そのことで、CD『メッセージ』を注文する人がいるということも知りました。売り切れになる前にと思い、急いで注文した次第です。

そして彼女は「電線の上の一羽の鳥のように」を聞いたときの衝撃を次のように書いてあった。

「電線の上の一羽の鳥のように」の出だしのメロディーを聞いた時、鳥肌がたちました。そのメロディーは曲中何回か繰り返され、涙が止まらずその感覚は何なのか考えましたが説明ができません。ただ幼い頃、何の哀しみも辛さもなかった頃、夕日が照らす土手に立っている自分の姿が浮かびました。若かった頃、吉田拓郎さんの「元気です」を聞きながら涙が止まらなかった時のことを思い出しました。「電線の上の〜〜」を聞いたことで、何十年も前の感覚が突然思いだされたことも不思議な気持ちでした。・・・生きているということについて、改めて考えさせられました。

こんな風にぼくの歌を聞いてくださる人がいると知るだけで、歌い続ける勇気が与えられる。



Friday, July 19, 2013

朝8時10分、辰野中学校へ。1年3組のクラス。まん前にすわっている生徒に「何歳?」と聞くと、「12歳」とのこと。そこで言う、「55年前、ぼくもこの中学校の1年生だった」と。シュリーマンの生い立ちを簡単に話したあと、シュリーマンの外国語勉強法について以前書いたエッセイを10分に要約したもの読む。

毎回、読み聞かせが終わると、全員が立ち上がり、クラスの代表者がお礼の挨拶をする。前回の1年1組といい今日の1年3組といい、とてもしっかりした挨拶で感心した。「シュリーマンという人が、子供の頃は記憶力が悪かったけれど、繰り返し暗記を続けることで記憶力がよくなったというところがとてもよかったです。ありがとうございました」。しっかりと聞いていたばかりでなく、シュリーマンの勉強法の一番重要なところを押さえている。最近正直なところ、読み聞かせに行くのが少々億劫になってきたが、こういうクラスと出会うと、やはり続けようかと思う。

こうして私はしだいに記憶力を強めて、3か月後にははやくもわが教師テイラー氏とトンプソン氏の前で、いつもその授業時間には印刷された英語の散文20ページを、もしあらかじめ3回注意して通読していたならば、文字通りに暗誦することができた。

この方法によって私はゴールドスミスの『ウェイクフィールドの牧師』とウォルター・スコットの『アイヴァンホー』とを暗記した。過度の興奮のために私はこの夜中にくり返すことは最も効果があることをしった。私はこのような方法をなんびとにも推薦する。このようにして私は半か年の間に英語の基礎的知識をわがものにすることができた。

つぎに私は同じ方法をフランス語の勉強にも適用して、次の6か月でそれに熟達した。フランス作品のうちで私はフェヌロンの『テレマコスの冒険』とベルナルダン・ドゥ・サン・ピエールの『ポールとヴィルジニー』とを暗記した。この不休の猛勉強によって一年間に私の記憶力は強くなり、オランダ語、スペイン語、イタリア語およびポルトガル語の修得が非常に容易になった。これらの言葉のいずれをもりゅうちょうに話しまた書くことができるためには、私は6週間以上を必要としなかった。
(H・シュリーマン著、村田数之亮訳『古代への情熱』 岩波文庫より)

どんなに訓練しても、誰もがシュリーマンのような記憶力を持てるわけではない。逆立ちしてもぼくには無理だ。無理だった。でもシュリーマンの勉強方法を自己流に工夫して勉強したことが大いに役立った。

家人の仕事は今日は午前中だけ。午後隣町の温泉へ。ガラガラに空いていた。こんなに空いていたことは今までになかった。おそらく暑つすぎて、誰も外に出たくないのだろう。ゆっくりと湯船につかり、サウナに入り、シャワーを浴びてから、露天風呂へ。疲れがとれたような。

夜、オーリアッド。Kindle は、依然として無線ルーターを入れてないので、インターネットには繋げないが、ダウンロードした本を読むことができる。時々楽しんでいる。Amazon から無料でダウンロードしたものは、すべて青空文庫の名が入っている。青空文庫を創始したとき、富田倫生さんは将来このような形で利用されるとは想像していなかっただろう。青空文庫のおかげで、われわれは著作権フリーの古典を、無料の電子本で読むことができる。

後半、何人かのお客さん。その中に先月名古屋の愛知県体育館へ、Van Halen のコンサートを奥さんと見に行ったという百瀬さんがいた。「全員総立ちの大音量のコンサート。よかったが、疲れた」という正直な感想。1997年の2月に 東京国際フォーラムのディランのコンサートにも百瀬さんは行ったと言う。そこでもお客がステージに殺到して大変だったと言う。実はぼくも3日間、そのコン サートに行った。ぼくもステージに殺到した人たちの中にいた。16年後の今、さすがにぼくもステージには殺到しないだろう。



Thursday, July 18, 2013

ボーナスのごとき一日。どう過ごそうか、午後温泉に行こうかと、朝食を食べながら話していたが、結局温泉には行けなかった。家人は朝から仕事に出かけ、ぼくはお昼を早目に食べて、隣町のホームセンターへ。カナヅチ、カマ、A4のコピー用紙、3種類の分別ができる大きなごみ箱、猫の餌、8GBのメモリーカード、物干し竿などを買う。水まき用のホースとリールを買おうとしたが、ホースをリールーや蛇口に固定させる留め金を探すのに時間がかかり、結局買わなかった。

家に戻ったときは3時過ぎ。家人はすでに戻っていたが、温泉に行くには少々時間が足りない。

夜、オーリアッド。Kindle をもっていき、無料でダウンロードした本を読む。高神覚昇著『般若心経講義』。無線はまだつながらないが、ダウンロードした本や写真にはアクセスできる。その本の中に「因縁を知ることは仏教を知ることだ」という言葉があり、即宗和尚の「仏教とは因果を信じることだ」という言葉を思い出した。「因果を信じる」とは「因果を受け入れる」とぼくは解釈しているが、仏教において、真理を「諦」という字で表すのは興味深い。四聖諦。「諦める」は「明らめる」に通じる。「生を明らめ死を明らむるは佛家一大事の因縁なり」。

遅くに田中先生、中村屋のおいしいお菓子をもってきてくださった。四方山話をしているうちに、フランツ・リストの話になり、先生やおら立ち上がり、ピアノのところへ。激しく、時には静かに、リストの代表作「ハンガリア狂詩曲」。



今まで唱歌を弾くのを聞いたことはあったが、クラシックの曲はいくらお願いしても弾いてもらえなかった。一人で聞かせてもらうにはもったいないような。先生は学生時代は「ベートーベン」と言われていたらしい。「髪がぼさぼさだったんですか」というと、「ベートーベンばかり弾いていたから」とのこと。「月光」を弾いてくれませんかと言うと、「いやだ」と言って、出だしのところを弾いてくれた。すごくやさしいタッチ。そのまま聞いていたかったが、すぐに止めてしまった。かなり気まぐれである。

今日買った8GBのメモリーカードの封を切り、カメラに入れ写真を撮る。メーカー品ではないけれどちゃんと撮れていた。

明日の朝は、中学1年生のクラスでの読み聞かせ。何を読もうか。



Wednesday, July 17, 2013

昼前1コマ。午後2コマ。最後のクラスへ行く前にオーディオキャビネットの鍵を取りに事務局へ行くと、「明日は学校に来ないでくださいね」とのこと。「えっ?」と思っていると、「明日は月曜日の授業です」。うれしいクリスマス・プレゼント。いや、お中元。

そのクラスが終わったあと、数週間前までそのクラスを担当していた先生にお会いする。体調がまだ完全ではないのに、無理して出てきてくださったようだ。必要な事務的な引継ぎ。彼女と話しているところへ マーク・Bが入ってきた。"Hisashi, don't come to school tomorrow. It is Monday tomorrow." "M san told me about that. Thank you." マークも心配してくれていたようだ。今までに何度、授業がないのに松本まで出かけたことか。前回そうしたのは今年の連休明けだった。いつもの教室へ入って行くとマークがいて、月曜と振り替えだと教えられた。

夜、オーリアッド。家人と交代。彼女が久々焼いたパンは、一晩で完売。今夜は手作りブルーベリージャム入りの新製品も。田中先生はそれをお店で食べ、2つのプルーンと1つのレーズン&胡桃のパンをお持ち帰り。

今夜 Kindle をお店にもっていったが、やはり接続できなかった。無線ランのルーターを入れるか、以前一旦予約しておきながら断ってしまった Wi-Fi 装置を導入する必要がある。先日、岡山、京都へ行ったとき、Wi-Fi のステッカーがいろんなところに貼られているのに気づいた。拾得にもあった。


Tuesday, July 16, 2013

朝食後、畝と畝の間の雑草をとるため、耕運機をかけ、刈り払い機を使う。汗びっしょり。それでも雑草がなくなり畑がきれいになれば、嬉しいもの。隣近所の畑と比べたら、まだまだだが。

ガレージの西に黄色い花がたくさん咲いている。百日草も、藤蔓を這わせるために数年前長男と作ったフェンスの西に咲いている。沙羅双樹はますます白い花の数を増やしている。



午後、午睡。目が覚めてメールをチェックしたら、2種類の「日光将軍たまり漬けの素」を発送したとのメール。土曜日に飯田病院でのトークライブのあと、奥村先生のところでいただいた漬物があまりに美味しかったので、どうやって漬けるのかお聞きした。通販で取り寄せる「たまり漬けの素」で漬けるとのこと。早速注文した。

楽しみだ。今、畑ではキュウリとナスがどんどん採れる。美味しい漬物を食べることができる。


Monday, July 15, 2013

朝早く、ノンラーというベトナムの円錐形の帽子をかぶって農作業。この帽子は2001年3月、クライストチャーチからの帰路、かつてサイゴンと呼ばれたホ−チミンシティを訪れたときに買ったもの。このところの断捨離中に出てきた。今日初めてかぶったが、軽くて頭にフィットして、働きやすい。



ベトナム訪問記は次のURLから。
http://www.nagano.net/journal/miura/010314.html

夜、今入手できるぼくのCDを全部ほしいというメールが入った。舟木一夫さんのファンのようだ。舟木さんが先日おこなわれた芸能生活50周年記念の最終日、昼の部のアンコールで「宝福寺にて」を歌ってくれたので、最近その歌の入った『メッセージ』の注文がいくつかあった。でもぼくのCDを全部ほしいというのは初めて。ありがたいことである。明日発送することに。

Kindle が徐々に使えるようになってきた。まだ自由自在というわけにはいかないが。


Sunday, July 14, 2013

朝早く、「隣の潔さん」がやってきて、新しくできた物置のまわりを整備し、それから東側の枯れたモミジの木を切り倒し、短く切ってストーブ用の薪にしてくれた。昼過ぎ、それを集めに行くと、奇麗なカミキリムシが交尾をしていた。何という見事な色だろう。何という見事な形だろう。



午後遅く、家人が大根をとってきてほしいと言うので、裏のドアから出て素足で長靴を履いたら、右の長靴の中に異物がある。慌てて脱ぎ、逆さにすると、小石が落ちた。もういいかと思い、再び足を入れると今度はチクリときた。中に手を入れると何か入っている。乾いたサワラの葉っぱか、栗のイガのようなもの。取り出そうとすると、なんと、動いて奥へ逃げようとする。手袋をはめて取り出すと、果たして大きな毛虫だった。よかった。あのままはいていたら確実に刺されていた。

家の周りは自然がいっぱい。いいこともあれば、悪いこともある。毛虫に罪はない。小枝の箸でそっとつまんで、草むらに放してやった。

午後長男から Skype があり、Kindle がインターネットに接続できないと言うと、無線ランを設定したときの security key を入力したらいいかもしれないと言う。家の無線ランを設定したのは彼で、その番号を控えておいたのだろう。早速教えてもらい入力する。あら不思議、接続できた。でもまだ使いこなせない。



Saturday,July 13, 2013

昨夜お見えになったとき「飯田病院ロビーコンサート」というのはよく新聞で見かけます。どんなとこか見たいので、明日は私も一緒に行きたい」とおっしゃたので、原田和夫さんを迎えに行き、オーリアッドへ。マイクスタンドとマイクを車に乗せ、いざ飯田へ。途中気がづいた、カメラを忘れた。昨夜ちゃんと充電し、メモリーカードもちゃんと入れて机の上に置いたのに。

会場に着くと、このコンサートにぼくを推薦してくださった奥村先生や飯田ユネスコ協会の事務局の宮毛さん等が出迎えてくれ、一緒に機材を運んでくれた。

機材の設定を終え、音を出してみる。持参した YAMAHA STAGEPASS 300 のPAシステムは容量が小さすぎるかもしれない。飯田病院のロビーの広さは予想をはるかに超えていた。天井がものすごく高い。以前使っていた EVのスピーカー STAGE 200 2台と YAMAHA のアンプ P2100 とミキサー1台、それに2本のスピーカースタンドを加えると50kg を超えていた。イベントの度にそれを、4回車に入れたり出したりするのは重労働だった。今から8年ほど前、コンパクトな STAGEPASS 300を入手してからは、もっぱらこの軽量なシステムを使ってきた。今更、取りに戻るわけにもいかない。スピーカーの位置を高くしたりして対応する。

設定を終え、トイレに行き戻ると、松下さんがまん前の席にすわっていた。背後から見みてすぐ松下さんだとわかった。早速 写真をいくつか撮ってもらうようお願いする。そのあと、中島さんご夫妻もお見えになった。


Photos by M. Matsuhista


Photos by H. Nakajima

ぼくが与えられた時間は2時から3時までの1時間。しかし、実際には、飯田ユネスコ協会の会長さんの挨拶や講師紹介などがあり、ぼくが歌い始めたときには、すでに2時10分を過ぎていた。セットリストは、時間の関係で1曲省略し、「雨ニモマケズ」「碌山」「カムサハムニダ、イスヒョン」「即宗和尚」「祈りの歌」。もう少し時間があったらとも思ったが、時間がなかったので、無駄なことは話さず、それゆえかえってコンパクトにまとまったかもしれない。

心がけていることは、それぞれの歌がストーリーであるように、コンサート全体もひとつのストーリーにしたいということ。つまり、それぞれの歌はパラグラフであり、 それがまとまってひとつのエッセイになるような。

上に載せた写真は松下さんと中島さんに撮っていただいた写真、ありがとうございました。

終了後、奥村先生から、ご自宅にご招待いただき、コーヒーとケーキと、美味しいお漬物をいただく。40分ほどお邪魔し、辰野へ。6時にオーリアッドを開けなければ。

                        ■

前半トップは佐藤つぐみさん「茜色の空」「月光」。デレク・ハースト「Goldfish」「Vestiges of Peace」、丸山俊治さん、夏になるとよく歌う「デノミの灰」「昼間の花火」。金子昭二さん、後半の手話ソングに向けて六・八・九(永六輔、中村八大、坂本九)の話。坂井俊水さん「ラジオ体操の歌」「Wonderwall」。梅村浩司さん「A Day in the Life」「オムライスにはかなわない」。1曲目は予想に反する選曲。この曲を一人でやるとは。8時半に来る予定の今井輝男さんを待ちながら、ぼくが「Death is Not the End」「一通の手紙」。2曲目の途中で今井さんが入ってくる。唐沢千夏さんからハーモニカを吹くお爺さんが行くと知らされていた。どんなお爺さんかと思っていたが、予想に反し、24穴のミヤタではなく、ブルースハープを操るダンディなお爺さん。かぶってる帽子がいい。惚け帽子とのこと。今井さん「遥かなる山の呼び声」「バラが咲いた」「かあさんの歌」。原田和恵さん初めて聞く歌を1曲。赤羽真理さん「一通の手紙」。ここで休憩。原田さんの差し入れのお菓子を皆さんに。ぼくの京都のお土産、河道屋の蕎麦ぼうろも。









Larger and more photos on Oread facebook page.

後半トップは中俣浩一さん。3分間スピーチ。以前にも何度かオーリアッドに来たことがある神出鬼没の人。先日の拾得でもお見かけした。3分間スピーチをお願いする。落ち武者風の風貌なれど、れっきとした国家公務員と聞き、一同驚く。三重県在住の農水省のお役人。そのギャップと話が面白く、3分が6分に。明日の朝日村の音楽祭に行くためやってきたとのこと。金子さん、前半の話を受けて坂本九の手話ソング。今井さん「新潟ブルース」。選曲はいざ知らず、その風貌とハープの音色は実に渋い。佐藤さん「Lonesome」。坂井さん「ぼくらの夢」。デレク「Sunrise」。長島功さん「夕暮れ」。梅村さん「Here, There and Everywhere」。原田さん、1曲。これまたあまり聞いたことのない歌。vocal lesson の帰りとあって、朗々たる歌声。赤羽さん「御手の中で」。最後は丸山さん、the Oread All Star Band とともに「70歳になったのだ」。大いに盛り上がる。

今夜は、65歳以上の参加者が5人。その5人が休憩時間にステージに立ち、記念撮影。左から、今夜初登場の今井輝男さん68歳、原田和夫さん73歳、金子昭二さん86歳、丸山俊治さん71歳、そしてぼくが67歳。合計何歳?驚きました。みんな元気です。よく見ると、原田さん以外は全員惚け帽子?



この写真を見た人から後日こんなコメントが寄せられた。

   50・60・・・まだまだ小僧ですね!味が出るのは喜寿・米寿から!


Friday, July 12, 2013

午睡から覚めて、庭に出たら、移植したひまわりの一つに早速小さな花が咲いていた。よかった。何とか根をはってくれたようだ。これから次から次へと咲くだろう。

明日は飯田でミニトークライブ。飯田ユネスコ協会主催の「平和のコンサート」。会場は飯田病院ロビー。平和という言葉が頭についていて、意識してしまうが、いつものように、ぼくのトークライブをするより仕方ない。というより、それしかできない。2時から3時までと言われている。その中に開会の言葉や挨拶などが含まれるとしたら、ぼくの長い歌だと、そう何曲も歌えない。何を歌うか悩むところ。ずっと前、パンフレット用の資料として「碌山」「カムサハムニダ、イ・スヒョン」「祈りの歌」を歌うと書いたので、この3曲ははずせない。岡山、京都で好評だった「即宗和尚」も加えたい。

オーリアッド。ラグビーの練習に息子をよく飯田へ連れて行く長島君が、飯田までは高速を使っても、1時間半はみておいたほうがいいと言う。機材の設定などを考えると1時には着きたい。遅くとも11時半には出たほうがよさそうだ。会場の飯田病院は、153号線沿いで、飯田駅の近いとのことで、それほど迷うこともないだろう。もう10年以上も前、飯田のある中学へ講演に行ったとき、道に迷って遅れてしまい、ご迷惑をかけたことがある。ケイタイを持つようになったのは、その時から。実は、明日のイベントにぼくを紹介してくれたのは、その中学の先生だった奥村先生。2度続けて遅れるわけにはいかない。

佐藤さんがギターを持ってやってきた。明日、彼女はオーリアッド・オープンマイク2度目の登場。スパゲッティをゆでている間、練習してもらう。若者特有のメロディとリズム。そして魅力的な歌声。長島君も1曲、「ブリキの魔法」。

少々早目に閉店させてもらい、10時半には家に戻る。そうそう、7時半過ぎ、原田和恵さんから電話があり、清水君がテレビに出ていて、河口湖の家が紹介されていると知らされた。早速、家人に電話して録画してもらう。家に戻り、見る。彼の地道な活動が徐々に知られてきたようで、よかった。住んでいる家は、150万円の資材で、自分で建てたとか。畑の規模にもびっくり。家を空けることの多い彼が一人でできる規模ではない。奥さんも国太郎君も登場した。昨年1月、家族3人でオーリアッドを訪ねてくれた。そのときまだ幼かった国太郎君がずいぶん大きくなった。


Thursday, July 11, 2013

朝起きてすぐ、東側の花壇に移植した10本のひまわりに水をやる。今のところ、みんな元気だ。このまま根がついて花を咲かせてくれたらいいが。



午後2コマのクラス。今日は猛烈な暑さ。エアコンがあってよかった。すべての教室にエアコンがついたのは、ここ数年のこと。以前は7月の初めには夏休みになったからよかったが、7月いっぱい授業があるようになってからは、エアコンなしでは無理。

月曜日、京都から戻ったとき、信州は涼しいと感じた。しかし昨日今日の暑さは尋常ではない。福島慶道老師が提唱で「『寒時は闍梨を寒殺し、熱時は闍梨を熱殺す』は、寒い時はおまえさんを寒さで殺せ、熱い時は熱さでおまえさんを殺せ、つまり、寒い時は寒さになりきれ、熱い時は熱さになりきれということだ」と語るのを聞いたことがある。

しかしそう簡単になりきれるものではない。暑さになりきる前に殺されそう。

ピート・シーガーの奥さん、トシさんが亡くなった。享年91歳。
http://www.people.com/people/article/0,,20716563,00.html

ピート・シーガーに会いに行ったことがある。1997年6月21日22日の2日間、恒例のハドソン川浄化運動支援のためのクリアーウオーター・リヴァイヴァル・コンサートを聞き、次の日、彼の住むビーコンの町へ今はなき矢澤寛さんに連れられて会いに行った。前年は彼の家に招かれ、奥さんのトシさんにもお会いしたとのことだったが、このときは、ハドソン川沿いにあるスループハウスという集会場で会うことになって、トシさんには残念ながら、お会いできなかった。その時の様子は次のURLから。http://www.nagano.net/journal/miura/970714.html

人と人の出会いは不思議だ。ウディに会いたいと思う人は多くても、実行に移す人は少ない。ピートは若い時にウディに会い、一緒に旅に出ないかと誘われた。 彼はすぐに仕事を止め、ウディと共に旅に出た。彼はその旅から多くのことを学んだ。ディランはニューヨークに来るとすぐに、ちゅうちょすることなくウディ に会いに行った。ウディとの出会いが、彼らの人生を開いていった。ディランはかつて語ったことがある。「人は信念を持たねばならない。壁を通り抜けること ができるというほどの強い信念を持たねばならない。その信念なしに誰も、いいロックシンガーにも、いいフォークシンガーにも、いい弁護士にも、いい医者に もなれない」。ピートにもディランにも恐れるものがなかった。いや、あったかもしれない。それでも彼らは思いきって飛んだのだ。(「ぼくが出会った歌、ぼくが出会った人」第10回「花はどこへ行った」より)

トシさんの人生は素晴らしい人生だった。反骨精神旺盛で、正義を貫く夫のもとで、多くの苦労を、特に50年代のマッカーシズムの時代には、経験しただろうが、彼女はまた生まれてきたらおそらく同じ人生を送りたいと思うだろう。May she rest in peace!


Wednesday, July 10, 2013

10時40分から3コマのクラス。歌とジョブズのThink Different のヒアリング・クイズのあと、教科書に入ろうとして気づいた―カバンの中に教科書がない。朝カバンに入れたはずだが。3週間前から引き受けた3コマ目のクラスの教科書は入っている。そのクラスのことに気をとられすぎていたのかも。仕方なしに前列にすわっている学生の教科書を借りて事なきを得る。次のクラスのために、昼休み、コピー室へ。忘れ物の回数が増えている。今まで忘れたことがないものを忘れ始めている。注意しなければ。

最後のクラスが終わり、キャンパスを横切って、駐車場へ向かっていると、数学を教えている先生が反対方向から歩いてくる。「暑いですね」から始まり、「昔は7月初めから夏休みなりましたよね」など、しばし立ち話。最近の学生のマナーに話が及び、以前より私語が少なくなり、落書きも減ったと先生が言う。確かに。スマートフォンの普及と関係があるかも。

家人から食材を頼まれていて、久しぶりにTSURUYA 並柳店へ。仕事帰りにお店に寄る人がおおいのか、かなり混んでいる。6時過ぎ、家に戻る。家人はすでにオーリアッドへ。8時前、交代。

何人かのお客さん。最後は田中先生と原田さん。田中先生は、いつものダンディな服装と違い、ランニングで。「ランニングとは驚きました」と言うと。「失礼ね、これはランニングではなくタンクトップです」。その違いはいかに。

忘れるところだった。教科書を忘れても何とかなるが、これを忘れたら大変だった。

第8回民間ユネスコの日<第5回平和のコンサート>
三浦久トークライブ
日時:7月13日(土) 14:00〜15:00
会場:飯田病院1階ロビー
入場:無料
主催:飯田ユネスコ協会



Tuesday, July 9, 2013

昨夜はよく眠った。京都では2晩とも夜中に汗をびっしょりかいて目が覚めた。今朝は6時までぐっすり。

朝食後、畑に出て、イチゴ畑の整理。猿よけの網をはずし、杭と横棒を取り除く。それだけで汗だく。

午後しばらく明日のクラスの準備をし、日が翳ってから、再び畑へ。ひまわり畑だったところにたくさんのひまわりが自然に生えて、野菜畑の日陰になっている。20本ほど、引抜き、移植することに。10本は、とりあえず、東側の花壇の生垣側に植える。うまく根がついてくれるといいが。

そのあと、オーリアッドへ。駐車場に置いてあるウイスキーの樽の底が抜け、中のガラクタが散乱しはじめた。いくつかの袋に入れ、持ち帰る。樽も車に乗せようとしたが、ぼくと家人の力では持ち上がらない。後日、軽トラで運んでもらうことに。

明日は、3クラス。2週間前からピンチヒッターとして教え始めたクラスが少し心配。

山梨の勝沼市では今日は39.1℃を記録したとか。驚異的な暑さ。65歳以上の高齢者が熱中症で何人も亡くなっている。紛れもなくぼくも高齢者のひとり。注意しなければ。


Monday, July 8, 2013

午後2時半、20分遅れで中央道辰野のバス停着。降りると、風が爽やか。木陰へ行くと、さらに涼しい。木陰にすわって家人が迎えにくるのをしばらく待つ。

家に着くと、裏の物置が出来ていた。土台には先週数日かかったが、本体は1日で立ち上がったとのこと。殺風景だった東側の花壇にホタルブクロとタイマツソウが賑やかに咲いていた。




夕方、農道を隔てた畑に野菜をとりに行く。いいナスとキュウリがとれた。フィービーもついてきた。数日留守にしていたせいか、ちょっと甘えているような。夕焼けがきれいだった。




週末の3日間、岡山と京都で歌わせていただいた。歌う歌があり、聞いてくださる方々がいる。何と幸せなことだろう。岡山禁酒會舘マンスリーライブを主宰する尾崎さん、七夕コンサートの仲間たち、そして聞きにきてくださった多くのみなさんに、感謝。

気分は高揚しているが、疲れている。今夜は早く寝ることに。



Sunday, July 7, 2013 第41回七夕コンサート2日目

バスとタクシーで金閣寺近くの京都信愛教会へ。今年の4月に辰野教会から移られた長谷川牧師ご夫妻にお会いするため。礼拝式は10時からと思っていたが10時半からで、時間が少しあったので、近くを散歩し、式が始まる5分前に会場へ。2階の礼拝堂に案内され、後列一番奥の席にすわる。式が終わってから、ご挨拶しようと思っていたら、しばらくして副牧師の長谷川ひさいさんがぼくに気づき、驚いた様子で近づいてこられる。聖書と聖歌をお借りし、式が始まる。

牧師の長谷川和雄先生の「神の真実と人の誠実」という説教を含む一連の儀式が終わったあと、副牧師さんからみなさんに紹介される。すでに以前に「祈りの歌」に関する資料が配られたようで、みなさんぼくのことはご存知のようだった。そればかりでなく、信愛教会の信者のお二人のユニットが、すでに「祈りの歌」を歌っているとのこと。彼らが使っているコードを見せてもらったら、少し違っていた。辰野へ戻ってから、コード譜を送る約束をする。彼らのCD「Bless」をいただく。彼らと一緒に記念写真。写真に向かってぼくの左が奥野信二さん、右が川路栄一さん。二人の可愛い女の子は川路さんの娘さん。

そのあと、長谷川ご夫妻としばらくお話して、おいとまする。辰野教会よりも信者さんの数が多く、お忙しそうだったが、お元気そうで何より。



教会を出てから、思い切って金閣寺を見に行くことに。すでに何度も訪れたことはあるが、真夏の金閣寺は初めて。暑さのせいか、観光客はそれほど多くない。東南アジアからと思われる団体客が多い。一番印象に残っているのは、池に浮かぶ島の端にじっと立っていた一羽の鷺。



昨日は、早目に会場に入ったが、今日は4時過ぎに。サウンドチェックは、1曲「夢のブックストア」を歌って終了。全員のサウンドチェックが終わって、ドアが開くと、丸山さんが入ってきた。先週木曜日に会ったとき、日曜日に拾得へ行くと言っていたが、本当にやってきた。

初日トップに歌った人は2日目は好きな順番で歌うことができるとの約束があり、迷ったが、4番目に歌うことに。トリは長い間、七夕コンサートの事務方を一人で引き受けてくれた古川君に。今日の順番は、東野、豊田、ラビ、三浦、古川の順。

昨日が悪かったわけではないが、今日はみんなとてもよかった。中でも東野君がよかった。彼の最高傑作「マキシム」をピアノで歌ったあと、ギターに持ち替えて、(元気になった証拠である)猥褻な歌を猥褻な話をしながらいくつか。最後に「ブラート・オクジャワに捧げる歌」と「何にも知らずに」の2曲。この2曲が心に沁みた。彼の演奏は何度も見たが、今日はその中でも1、2を争う出来。素晴らしかった。

ぼくは、2曲目の「夢のブックストア」に信憑性を与えようと1曲目に急に思いついて、本当に久しぶりに「俺が生まれて育ったとこは」を歌う。3、4曲目は「中谷勲」「即宗和尚」。いずれも辰野町にかかわる歌。最後に「祈りの歌」。3日間の中では、ぼくとしては今日が一番よかった。すくなくとも、歌詞の最後を忘れ、うーうーうーと唸ることはなかった。





終了後多くの方々と会う。丸山さんも、豊田君のファンだという彼の友達もはるばる松本からやってきた甲斐があったと感激した面持ち。丸山さんとお酒を飲んだのはこれが初めて?大月さんの高校時代の担任の先生だった井上さんにも会うことができた。ピアノ弾き語りで歌っているという若い女性が、オーリアッドへ歌いに行きたいというので、土曜日のオープンマイクならいつでも歌えますよと伝える。あとで彼女の名前で検索したら、結構いろんなところ歌っている方で、失礼なことを言ってしまったかも。故福島慶道老師の言語療法士だった木村さんにもお会いする。4月の3回忌の法要以来。

結局、今夜もホテルに戻ったのは12時過ぎ。来年の第42回が開かれるかどうか定かではない。できたら、5人全員で50回目を目指して、続いてほしいもの。


Saturday, July 6, 2013  第41回七夕コンサート初日

新幹線で岡山から京都へ。ホテルに寄って不要な荷物を預け拾得へ。時間がかなりあったので、歩く。

ドアを開けるとまだ誰もきていない。まず何曲かサウンドチェックのために歌う。昨夜の疲れか、歩いたのがいけなかったか、声がでない。息切れがして、声をのばせない。そのうちにラビちゃん、古川君、豊田君、そして東野君がはいってくる。

それぞれのサウンドチェックが終わり、恒例の来年度用の写真を撮るために外に出ると、開場を待つ人が並んでいる。その中にジェイムズ・ドーシーさんも。

くじ引きで出演順を決める。今年は1番くじを引いてしまった。準備も整わぬままステージへ。声に力が入らぬまま歌い始める。昨年40回目で一区切りつき、今年からまた新たな出発ということで、まず第1回目に歌った「流転のうた」「パーティーは終わったよ」「私は風の声を聞いた」を歌う。最近この3曲を七夕コンサートでは歌ったことがないので、最近のぼくしか知らない人は初めて聞く歌だったかも。この3曲はぼくにとっては原点ともいえる歌。そのあと、「即宗和尚」と「祈りの歌」。昨夜と同じように、「祈りの歌」の最後の言葉が浮かんでこず、うーうーうーで終わる。豊田君曰く「あれ、あんなふうな終わり方だったかなと思ってました」。

ぼくのあと、豊田、ラビ、古川、東野の順。七夕コンサートの楽しみのひとつは、他のメンバーの歌を聞くことができること。この一年がどんなだったのか、どんな新曲を書いたのか、知ることができる。みんな、CDやDVDを発売したり、復刻したり、元気だ。ただ、東野君の健康が心配。今夜はギターのコードを押さえるのが大変と、すべてピアノの弾き語り。しかも、あまりなじみのない歌ばかり。






最後、全員で「ホーボーズ・ララバイ」と「グッドナイト・アイリーン」を歌い終了。

終了後、ビールをのみながら、いろんな人に会う。毎年神戸から「キング牧師の日チャリティーコンサート」に息子ともども寄付を寄せてくれる久重さん、それに四方さんが話しかけてくれた。2人とも40年近く前、ぼくのクラスにいた人たち。久重さんの息子さんは6月に海外青年協力隊員としてジャマイカへ3年間の予定で旅立ったとのこと。四方さんは、新しい出会いと、明るい展望を語ってくれた。

豊田君から、音楽評論家北中正和さんを紹介される。もうずっと前から彼の名前は知っていたし、彼の著書も数冊もっているが、お会いするのは初めて。長身痩躯でとてもハンサムな方。しばらく共通の友人知人について話す。

最後は東野君と話す。明日は「ブラート・オクジャワに捧げる歌」を歌ってくれるように頼む。12時前、タクシーが拾えるとこまで一緒に歩く。彼がぽつりと言う。「七夕はいいね。元気になる」。事実、彼は4時過ぎにドアを開けて入ったときの衰弱しきった様子は失せ、別人のよう。七夕コンサートが41年続いた理由のひとつがそこにあるのかも。単なる仲良しグループではない。刺激しあい、時にはいがみあい、そして啓発しあってきたからこそ、ここまで続いてきた。



Friday, July 5, 2013

高速バス、新幹線と乗り継いで岡山へ。ホテルにチェックインし、4時半禁酒會舘へ。尾崎さん、勝部さんがすでにきていて、PAの準備OK.早速サウンドチェック。

6時半開演。OZAKI UNITがいつものテーマ曲「小さな館」を歌い、さらに足尾銅山鉱毒事件にまつわる歌を4曲。笠木透さんの雑花塾にも参加している尾崎さんは地道な音楽活動を続けているシンガーソングライター。OZAKI UNIT のあと、鳥取の坂部さんが1曲歌い、ぼくの出番。

「一通の手紙」から始まり、アンコールの「山頭火/俺のいない町」までほど1時間半。最後の最後、舎利礼文の最後の部分が出てこず、うーうーうーで終わる。みっともない終わり方で、ちょっとめげた。「そこが余韻があってよかった」と慰めてくれた人もいたが、最近こういうことが多くてこまる。長い歌の多い中、短い歌もいくつか歌ったが、禁酒會舘では、長いバラードのほうが受けがいいようだ。

短い歌のひとつは、岡山で歌うときは必ず歌う「宝福寺にて」。最近舟木一夫さんが「芸能生活50周年記念ファイナル特別公演」(新橋演舞場)の最終日のアンコールでこの歌を歌ってくれたようだ。ぜひ一度彼の歌う「宝福寺にて」を聞いてみたいもの。http://blogs.yahoo.co.jp/ycmay26/68341690.html




終了後、恒例の打ち上げは、今年は焼き鳥屋で。そこは1986年にピート・シーガーが岡山で演奏したときにも、打ち上げが行われたところとか。打ち上げでは、Kakui Ran さんというシンガーも参加されていた。40年も前に大阪大学の学園祭で、ぼくや英五君と一緒に歌ったという方。ぼくはそんなこともあったかというくらいにうろ覚えではあるが、レナード・コーエンが大好きというから、音楽の好みからいえば、かなり共通した部分があるかも。

Midnight を過ぎて、ホテルへ。気持ちのいい楽しい夜だった。


Thursday, July 4, 2013

午後2コマのクラス。テストを返す。Think Different を使っての発音練習。それにSteve Jobs のスピーチの3番目の話の映像を見る。テスト範囲だったところ。4月に初めてこの映像を見たときよりも、聞き取れるようになっていたらいいのだが。

7時過ぎ、オーリアッドヘ。赤羽さんが見事なニンニクをもってきてくれた。毎年いただくが、丸々と太ったニンニク。わが家でつくるニンニクとは大違い。

赤羽さんが帰ったあと、丸山さん。隣町の歌声喫茶の帰り。昨日東京へ行き、サクラメント在住の中学時代の同級生に会ってきたとのこと。その際、彼女から渡されたというぼくへのプレゼントをもってきてくれた。写真で構成されたボブ・ディランの伝記。素晴らしい本である。ずっしり重い。これをカリフォルニアからカバンに入れてもってくるだけでも大変。ありがたい。東京から、それを持ってきてくれた丸山さんにも感謝。

スプリングスティーンの Wrecking Ball 全13曲に対して、訳者から見た解説を頼まれたとき、その導入部分に次のように書いた。

・・・これまでも彼は、アメリカ社会の底辺に暮らす失業者、ベトナム帰還兵、犯罪者、不法入国者などに焦点を当てた作品を書いてきたから、それは自体は何も変わったことではないが、今回大きく違う点は、対象者の数がとてつもなく大きくなっているということである。

2008年9月のリーマン・ショック以後、アメリカの経済不況は深刻を極めている。今年の1月初めにサクラメント在住の知人から届いたメールには「アメリカは大変な不況、特にカリフォルニアは5人に1人は失業者。車でサンフランシスコの中心街を通ると巨大なテント村、通りの角には金を恵んでくれと書いたダンボールの端切れを持って立っている人々の多いこと」とあった。

「今年の1月初め」というのは2012年、つまり昨年の1月初めのことである。 Wrecking Ball は昨年の3月の初めにリリースされた。ここに登場する「サクラメント在住の知人」というのが丸山さんの同級生の Sakurai さんである。相馬黒光の兄さんが彼女のお爺さんとのこと。メールを何度か交換しただけで、こんな高価な本をいただいて恐縮している。アメリカに戻るのは7月8日以降とか。京都から帰ってきたら礼状を書こう。


Wednesday, July 3, 2013

お昼を挟んで2コマのクラス。テストの返却。中間試験は成績をつけるためというよりは、学生に学習意欲をもたせるためのもの。教えることには限りがある。学習意欲がわけば、あとはいくらでも自分でできる。今回できなかった学生も期末試験はがんばってほしい。

さらに今日は4講時目にピンチヒッターのクラス。教科書にはまだ入れず、 Think Different のプリントを使って、発音の解説と練習。

夜、7時過ぎオーアッド。家人と交代。山元大造君のCDをようやく聞くことができた。5曲目「この街から消えていく」と 6曲目「おっちゃん」と続くところがよかった。


Tuesday, July 2, 2013

2日間家人が留守をしていたので、インスタントものではなく、少し料理をしてみた。料理といっても、畑からとってきた野菜を切って炒めるぐらいのことだが。好物の鉄火ナスを作ってみた。ナスとピーマンとタマネギをオリーブオイルで炒め、それに味噌と砂糖を加えたもの。1回目は味噌を入れすぎた。2回目はまあまあの出来。日本酒を入れるべきだったか。

午後はしばらく歌の練習。安曇野が登場するいくつかの歌。それに新曲2曲。新曲は歌っているうちに言葉やメロディを変えたくなって、なかなか先に進めない。

夜、明日返す分のテストの採点が終わってから、ピンチヒッターで受け持つことになった4講時目のクラスの予習。いろいろしなければいけないことがあって、ややこしい。

午後遅く京都から戻った家人が、お母さんと耳鼻科へいったら、集音器と補聴器の違いを書いた紙が壁に貼ってあって、それによると集音器は耳によくないと書いてあったと言う。確かに、最近、ぼくの耳はますます聞こえなくなっている。omron AK-5 が壊れたあと、Panasonic の集音器に変えた。最初はテレビの音量が20 でよかったものが、最近は30以上でないとよく聞きとれない。確実に悪くなっている。

母が使っていた補聴器は高価で、定期的に専門家に調節してもらわなければならなかった。そんなこともあって補聴器を敬遠していたが、夏休みになったら、耳鼻科へ行ってみようか。

               


Kindle Fire HD についてのアドバイスがいくつか届けられた。ありがたい。今日はそれをしている時間がなかったが、庄司さんによれば「外出先では、基本的に公衆ネットワークでネット接続することになるでしょうから問題は自宅での無線接続設定だけということになる」とのことなので、明日、学校へ行って、試してみようと思う。そこで繋がれば、週末、ホテルでも接続できるはず。

「公衆ネットワークが使える場所で Kindleを起動し、「AOSS」設定用の無料ソフトをダウンロードしておいてから自宅へ戻り「AOSS」で無線接続の設定をするのが最も簡単です」ともあったが、ぼくにそれが出来るか自信がない。明日はそうする時間もとれそうもない。


Monday, July 1, 2013

あっと言う間に、今日から7月。2013年の後半スタート。

終日、採点。なんとか水曜と木曜には返せそうだ。

午後、フィービーが鳴きながらぼくの部屋に入ってきた。お腹がすいているようだ。階下に降りると、今朝やった餌がそのままになっている。いつもの餌がなくなったので、前回餌を買いに行ったとき、たまにはフィービーにご馳走してやろうと高価で高級な餌を買ったのだが、どうもこれが嫌いらしい。前にやったときも臭いを嗅いだだけで、食べなかった。仕方なしに隣町に、猫の餌を買いに。

夕方、Kindle Fire HD が届いた。心配が現実になった。使いこなせない。説明には何の設定もせずすぐ使えるというようなことが書いてあったが、インターネットに接続できない。ぼくのコンピュータと家人のノート型は無線LANで繋がっている。それですぐ繋げると思っていたが、そうは問屋がおろさない。

Amazon の感想欄に次のようなものがあった。ぼくの感想もまったくこれと同じ。

実際使おうとしたら、設定はできない登録もできない
そんな状態です。表示時間も12時間近く違っているし、
その変更方法もわからない。アマゾンのメールアドレス
とパスワードを打ち込んでもできない。アマゾンのアカ
ウントもわからない。こんな状態です。何とかしていた
だけませんか。


今度の週末にもって行くのはあきらめよう。

週末に向けて少し歌の練習。

              
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今週金曜日は、岡山市の禁酒會舘。主催者の尾崎さんから午後メールが入った。6時半開演で、最初の30〜40分は尾崎さんのバンドOZAKI UNITが歌い、そのあと、9時頃まで、ぼくが歌うとのこと。昨年の年末ライブ、マンダラ2で尾崎さんを見かけて驚いた。あれから半年、お会いするのが楽しみだ。彼の仲間のみなさんにも。

【音楽通信】 
☆岡山禁酒會舘マンスリーライブ  LIVE=LIFE VOL.149
  「祈りの歌」〜深く、あたたかい歌声で〜
  
演奏:三浦 久
    OZAKI UNIT
・7月5日(金)18:30〜
・岡山禁酒會館2F(市電・城下電停から徒歩2分)
・2000円 

♪今年も、三浦久さんを禁酒會舘へお迎えします。一緒にジックリと、三浦さんが歌うバラッド(ストーリー性のある歌…)に耳を傾けましょう。碌山こと彫刻家の荻原守衛を歌った「碌山」を含む『安曇野三部作』は必聴です。三浦さんの「千の風」は何と胸に沁みこむことでしょうか。また、「宝福寺にて」も歌われるはずです。今回も、新庄村のカントリーキッチン、「てけてく」の勝部さんが、コーヒーサービス(無料)と天然酵母&石窯パンの即売をしてくれますよ〜! お楽しみに!!