碌山
       作詞作曲 三浦久

それは明治30年
安曇野の春のはじめ
彼は畦道に腰をおろし
常念岳をスケッチしていた

「こんにちわ」という声に振り向けば
徹笑みかける美しい人
彼は思わず頬をそめた
胸の高鳴り押さえがたく

その人はその年、東京の
明治女学校を卒業して
安曇野へ嫁いだばかり
赤いパラソル、目にまぶしく

初めてその人に会った時から
彼はその人を思い続けた
しかしその思いは許されぬ思い
大きな苦しみの始まりだった

2年後、彼は東京へ出た
その人が学んだ学び舎の近く
森の中の庵に住み
美術学校で絵を学んだ

時は明治、文明開化
華やかな女学生が溢れていた
時には心ときめかせたが
彼にはその人が忘れられない

さらに2年の月日が流れ
彼は横浜からアメリカへ発った
絵の勉強を続けるために
できたらその人を忘れるために

ニューヨークへ着いて半年は
食うや食わずの貧しい生活
やがてフェアチャイルド家の学僕となり
アートスクールに通い始めた

誰とも陰日なたなく付き合う彼は
誰からも好かれ、友達も増えた
誰もが等しく認めていたのは
画家としての彼の才能だった

それから彼はパリへ渡る
その町で彼は運命と出会う
ある時、ひとつの彫刻の前
彼はその場に立ち尽した

人間の思いが形になるなら
それはこれだと彼は思った
彼の魂は畏れおののき
とめどなく涙が頬を伝う

それはロダンの「考える人」
その時、彼にははっきり見えた
どんなに離れていても忘れたことのない
彼が作ったその人の一つ像

彼はそれから彫刻を学び
友達の紹介でロダンに会った
「考える人」が私を変えたと彼がいうと
「それじゃ、あなたは私の弟子だ」とロダンはいった

日本を出てから7年が経ち
彼は日本へ戻ってきた
夢にまで見たふるさとの山
夢にまで見たその人の姿

その人はその時までに新宿に
パン屋を夫と二人始めていた
彼はその店のすぐ近くに
小さなアトリエを建てて住んだ

その人の夫は不在がちで
その人は一人働いていた
彼はその人を助けたくて
時には遅くまで手伝った

ある晩店の奥の部屋で
彼は突然血を吐いた
障子や畳を真赤に染めて
30年の生涯を終えた

その人は彼の柩をつかみ
人目もはばからずに泣き崩れた
その時その人は初めて知った
彼こそ魂の兄弟だったと

それから数日してその人は
彼のアトリエの鍵を開けた
その時その人が見たものは
彫刻台の上の一つの像

両手を後ろに回し、ひざまずき
何かから逃れようと身体をよじり
顔を上げ光を求める自分の姿
その人はその場に崩れ落ちた

愛することに理由はない
愛してる時だけ人は生きている
彼はそのためだけに生まれてきた
愛する人の像を作るために

それは明治30年
安曇野の春のはじめ
彼は畦道に度をおろし
常念岳をスケッチしていた



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