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Sunday May 20, 2018

「三浦久/平和を歌うコンサート」 at JA西箕輪支所ホワイエ。









主催者のみなさんのおかげで、とてもいいコンサートになった。休憩10分を挟んで2時間たっぷり話し、歌わせていただいた。今日も、伊那東部小学校の数人の子供たちの感想文を読ませてもらったが、その小学校4年生の女の子がおかあさんと一緒にきていたと、終了後知らされた。ひょっとしたら彼女は去年ぼくがトークライブをしたときに、感想文を書いてくれた子かもしれない。会えなくて残念。

朝日新聞の記者、伊那ケーブルテレビのカメラマン、それにシニア大学伊那学部の責任者、の方々もきてくださった。驚いたのは農学部の千先生、それに北原先生がきてくださっていたこと。朝日新聞の記事を読んだのでと飯田からきてくださった小学校の先生もいた。休憩時間に「ぼくの三浦さんの原点は<純ちゃん>です」というので、後半、「それぞれの道」を歌った。多くの方々に支えられてとてもいいコンサートになった。そうそう、長島君と味沢さんも来てくれた。彼らは今年1月28日の東春近でのコンサートにもきてくれた。垣内さんも写真を撮りにきてくれた。

終了後、近くの喫茶店で、主催された方々との「打ち上げ」。みなさん一様に「よかった」とのことで、十分な準備もできなかったが、肩の荷が降りた気がした。責任を果たせた気がした。木曽に住む方から、「ぜひ大桑村へもきてください」と誘われた。近々木曽でも歌うことになるかもしれない。



Saturday May 19, 2018

オープンマイク。今夜は赤羽真理さんが都合でこれないとのことで、参加者は坂井俊水、森嶋和也、長島功、三浦久の4人。和気あいあいとしたいいオープンマイクになった。














Friday May 18, 2018

今日は家人に付き合って、諏訪の花尋庵というお蕎麦屋さんと「くらすわ」というお店へいってきた。近々、家人が東京と野辺山の友人と諏訪で会食をすることになり、その会場の下見をしに。お蕎麦も美味しかったし雰囲気もいい。しかし長時間おしゃべりをし旧交を温めるには、駅から近いということもあり、「くらすわ」がいいかもしれない。

2時ごろ帰宅し、しばらく午睡。午睡という言葉がふさわしくかんじられるほどに暑い日になった。今年は1月から、気候の変化が激しい。春夏秋冬がが入り乱れている。

今日は小学校はお休みで、午前中、 Masakiはケールの苗を彼の畑に植える。彼の畑はだんだんと立派になってきた。









Thursday May 17, 2018

朝10時、オーリアッドでたつの新聞の記者に会うことになっている。しかし財布が見当たらない。財布には免許証ばかりでなく病院の診察券も入っている。午後1時から病院で定期健診がある。オーリアッドでの取材がおわったら、そこから直接病院へ行くつもりだった。それができなくなった。とりあえず次男にオーリアッドへ送ってもらうことに。

取材終了後、再度次男の運転で家に戻り、財布を探す。昨日着ていた服や、仕事部屋、寝室を探す。ない。ひょっとして昨日お寺のソファに深々とすわっていた時に落としたかもしれないと、電話をしてみる。ないとのこと。仕方なしに、再度、ないとは思いながら混乱した仕事机をもう一度探してみる。あった、あった。目の前の散乱した紙の下。

西城秀樹の訃報がテレビやネットを駆け巡った。享年63歳。彼に会ったことがある。何年ごろだったか記憶にない。京都時代か、辰野に戻ってからか。学生を引率してヨーロッパへいった帰路のこと。給油で立ち寄ったアンカレッジの空港。人だかりができていた。何事かと見に行った学生が、「西城秀樹がいる」と言う。近づいてみると、確かに、YM CA Young Man の見たことのある男がいた。笑顔でみんなと握手をしていた。人生100年時代、63歳は若すぎる。

病院から戻ると、次男が隣組の人から電話があり、お婆さんが亡くなったと知らされたとのこと。今年は隣組長。隣組の家々をまわり、「道端のおばさん」の訃報を知らせる。享年96歳。ご冥福を祈る。









上から、母の日のプレゼントのカーネーション、デイジー、石楠花、テッセン。


Wednesday May 16, 2018

村のお寺の前住職の本葬が行われた。4月からお寺の総代になったので、ぼくも実行委員のひとりとして参列した。準備や接待のお手伝い要員ではあったが。高野山や長野県内の寺院から多くのお坊さんが参列された。総勢70名ほど。前半はお坊さんたち全員の読経。ぼくはお坊さんたちの近くにすわっていたのだが、その読経の迫力に圧倒された。日光浴ならず読経音声浴に身をゆだねていた。音声のバイブレーションに身心がゆすられ、極めて心地よい気分になった。





精進落としは会場をJAの会館に移して行われた。ぼくは今年の春、居を佐久に移した実行委員の重徳さんの横にすわり四方山話。10年ほど前ぼくが区長をしたとき、重徳さんには大変お世話になった。会議で話がややこしくなると、彼が理路整然と正してくれた。経済や政治に詳しく、彼自身が話をややこしくしたこともあったが。



精進落としが終わり、会館のマイクロバスに乗せてもらい、家に着いたときは4時近くになっていた。慣れないことで疲れたが、様々学ぶこともあった。


Tuesday May 15, 2018

朝から村のお寺の前住職の葬儀の準備。午前は、総代会による境内の掃除。

午後は実行委員会の最後の打ち合わせ。ぼくはお坊さんたちの「案内係」とのこと。

慣れないことゆえ、家に戻ったら疲労困憊していた。体力はますます落ちている。なんとかしなければ。


Monday May 14, 2018

今朝は雨も上がり、実に美しい朝。カリンの木も、ライラックの木も、朝日を浴びてキラキラと輝いている。

Chiaki は外に行くことが好きで、今日は一緒に何度か外で遊ぶ。遊ぶといっても、靴を履いて、庭をよちよち、ときにはトット歩くだけ。そんなことが楽しいらしい。ときどき歩いていたと思ったら、急に止まって振り返り、にっこり笑う。実に可愛い。実に自然。




Sunday May 13, 2018

朝はけっこう寒い。暖炉の薪をとりにいくついでに新聞もとってきた。暖炉に火をつけ、新聞をひらくと、ぼくの顔が写っていた。先日、朝日新聞の記者から電話で取材を受けたのだが、それが今朝の朝刊に掲載されたのだ。

見出しの「フォーク界長老」には驚いた。そんなふうに思ったこともないし、長く歌ってきたというだけで、そう呼ばれるにはあまりにも技術的に未熟である。

しかし、コンサート前に、こんなふうに取り上げられるのはありがたい。この記事を読んで聞きに来てくれる人が少しでも増えてくれたらいいのだが。




記事の最後にぼくの言葉が引用されている。「今の時代、政府の人がうそを言ったりしてあまりにもおかしいでしょう。・・・」。そのような言葉を実際使ったか記憶にないが、ここに引用されているということは、同じ主旨のことを言ったに違いない。ちょっとストレートすぎるかなとも思うが、多くの人がそう思っているのではないか。某政党の党首の「すでに開学している学校のことで長時間議論することがいかなる国政上の意味があるか」みたいなことを言っていたが、ネポティズムと嘘をもとに開学したということは大問題である。

Saturday May 12, 2018

われわれの仲人の邦茂さんの葬儀が長久寺であった。2週間ほど前、長男の星児君から連絡があった。密葬はすでに東京で4月のはじめ、亡くなったすぐあとに行われたと書かれていた。40年ほど前、そのときはまだ京都に住んでいて、家人とふたり、京都から、目黒のお屋敷に仲人をお願いしに、訪ねた。ついこの間のことのよう。結婚したときぼくは29歳、邦茂さんは35歳であった。そのときはわからなかったが、今思えば若い仲人さんだった。ご迷惑をかけたに違いない。

辰野でも何度かお会いしたし、ぼくが東京で歌うときは、よく聞きにきてくださった。横浜の教会風建物でのコンサートも企画してくださった。レナード・コーエンも好きで、ぼくの翻訳を喜んでくださった。ありがとうございました、邦茂さん。ご冥福をお祈りします。

葬儀が終わり、外に出たら、長久寺の牡丹が目に入ってきた。実に見事である。












Thursday May 10, 2018

剪定。裏の物置のちかくの梅の木と、消火栓の近くのナツメの木。両者ともに棘がある。特にナツメの棘は大きくて鋭どい。何度か痛いおもいをした。梅の枝はほとんど切り落とした。ナツメの枝はまだ上のほうが切れていない。


Wednesday May 9, 2018

札幌の川股君から、ほたる祭りライブに参加したい旨のメールがあった。川股君と知り合ったのはまだ京都に住んでいたころ。彼は、1980年年1月に発行された「ユリイカ」のボブ・ディラン特集のぼくのエッセイを読み、会社を退職し、北海道から会いにきてくれたのである。そして退職金で、ぼくを北海道に呼んでコンサートを開きたいと、言う。奇特な人がいるものだと思ったが、同時に嬉しかった。中井君と札幌へ歌いに行ったのが、その年だったか翌年だったか、うろ覚えであるが、楽しい旅になった。阿知波一道さんにお会いしたのもそのときである。人と人の出会いは不思議である。



そのときのチケット。その後、多くの有名なアーティストのコンサートへいったが、いずれのチケットも残っていない。残っているのはこの時の1枚。よほどうれしかったにちがいない。チケット代は確か 300円。


夕方、村を歩く。藤沢さんの庭は、畑同様、手入れが行き届いている。藤もおだまきも実にきれい。





たつの新聞へほたる祭りライブの広告をお願いした。それに「週刊いな」と「週刊すわ」にもイベント情報欄での紹介をお願いした。1月末のコンピュータのダウン以来、メールアドレスが失われたしまったので、いろんな連絡に苦労している。。


Monday, May 7, 2018

一日、雨。緑がさらに深くなる。

午後、買い物から戻ると、次男から「朝日新聞諏訪支局から電話」とのメモがあった。電話をかけると、昨年のシニア大学(伊那)で、ぼくのトークライブを聞いてくださった記者の方だった。5月20日(日)のJA上伊那西箕輪支所講堂での「三浦久/平和を歌う」を取材したいとのこと。ありがたい。しばしお話する。

昨年11月のシニア大学でのトークライブは、いつもと変わった話をしたわけではないが、多くの好意的なフィードバックがあった。今度の「平和を歌う」を主催してくださるロッジ吹上の倉田さんもその一人である。その反応の核が何かわかれば、これからの参考になるのだが。

大量生産、大量消費の世界観の行き詰まりが言われはじめて久しい。しかし人はやはりより多くの豊かさ、より多くの便利さを求めてしまう。

その猛烈な突進力の前では「滅びゆくものの美」を歌うぼくの歌は無力だ。でもぼくの歌の原点はそこにある。ひょっとして共感してくださる方々が増えているのかもしれない。淡い期待。

一人ひとりぼくの周りから音もなく去って行き
ぼくは窓の外の暗闇を見ている
金色の夕焼けはいつの間にか色あせて
野原には風が巻き起こっている
パーティーは終わったよ
パーティーは終わったよ
パーティーは終わったよ
友よ、パーティーは終わったよ


夕方、飯島君から電話があった。先日送った同級会の写真のお礼。長野県産の農産物を使っての食事会が、東京で知事も参加して明日だったか明後日だったかあるとのこと。それに近々トルコへ出かけるとのこと。


Sunday May 6, 2018

同姓の会。祝い殿の掃除。そのあと、その前でピクニック。今年から一軒減って5軒に。かつては13軒あったとのこと。この会も次の世代へは引き継がれないかも。

それにしてもこの村は美しい。





滅びゆくものの美しさか。その美を味わうことができるためには、ある種の経験と成熟が必要である。


Saturday May 5, 2018

オープンマイク初回出演順(敬称略):森嶋和也、坂井俊水、フラワー、赤羽真理、長島功、原田和夫&トモノリ君、三浦久、佐藤宏信。



















Tuesday May 1, 2018

赤羽真理さんが、2種類の油圧式薪割機をもってきてくれて、太すぎて使えなかった丸太を、手ごろのサイズの薪にしてくれた。感謝。北海道に嫁いだ娘さんも1歳2か月の娘とともにやってきた。




Saturday Apro;28, 2018

オープンマイク初回出演順(敬称略):坂井俊水、森嶋和也、フラワー、長島功、田中創、赤羽真理、三浦久。田中君は約束通り、新曲をもってやってきた。タイトルは「少年と犬」。震災とかかわりのある歌。久々に「東京」をリクエストして歌ってもらう。素晴らしい。彼は独自の世界観をもっている。最後は、田中君がきたときの暗黙の決まり事。Sweet Home Chicago の一大セッション。





















Friday April 27, 2018

今日から家人は本格的にカウンセリングの仕事。ぼくは昼前、近所の藤沢さんのところへ行き、カボチャの植え方についてお聞きする。というのは、家人が仕事に出かける前、「今年はお父さんにカボチャの栽培を任せたい」というので。

普通、カボチャは蔓があちこち伸びて、実があちこちに成る。ところが藤沢さんのカボチャは蔓が一定方向に伸び、実が整然と並んでつく。その育て方を教わりに行ったのである。苗を買ってきたら、植えるところから教えてもらえることになった。

藤沢さんの畑には雑草が一切ない。「藤沢さんはピンセットで雑草の芽をつみとっている」という人もいるくらい。わが家の畑とは大違い。



午後2時半過ぎ、家人の仕事が終わるのをまって、湯にいくセンターへ。温泉はいい。そこで飲む冷たい牛乳も。

午後5時、5月20日(日)の「三浦久 平和を歌う」コンサートの主催者、倉田さんがチラシをもってオーリアッドに来てくれた。シニア大学で去年ぼくの歌と話をきいたとき、「下手だけど、感動した」とのこと。それでもっと多くの人に聞いてもらいたくて、このコンサートを企画したとのこと。ありがたい。倉田さんの率直な物言いが好きである。


Thursday April 26, 2018

午後、Masaki の担任の先生の家庭訪問があるとのことで、午前中、庭の整理。昨秋、ビーバーが動かなくなり、草が伸び放題だった。全部はできなかったが、かなり落ち着いた。

家人もぼくも担任の先生にお会いするのは遠慮した。爺さん婆さんがしゃしゃり出ることもないだろうと。若い先生にあまりプレシャーをかけたくもなかったし。

そのあと久々に「湯にいくセンター」へ。Fさんという喜寿を迎えたという方としばらく話す。家人とおなじ時期に民生委員をされたとか。こんなふうに初対面の人と話ができるのも温泉(銭湯)の魅力である。

伊藤岬 さんから、5月20日のコンサートのチラシが送られてきた。ことし1月の東春近でのコンサートに準じたものである。感謝。



さて、次は、ほたる祭りライブのチラシを作らねばならぬ。がんばろう。


Wednesday April 25, 2018

昨日から今朝にかけての雨で、庭の草木もいきいき。とくに椎茸が大きく膨らんで、みずみずしい。



夜は歌声喫茶。


Tuesday April 24, 2018

昨日まで数日、真夏の暑さだったが、今日は、一転、寒い日に。

午後、先日の同級会の写真を何種類かプリントアウトし、午後遅く、郵送する。こう書くと簡単そうに思えるが、途中、色がおかしくなり、インクを替えたり、プリンタを調節したりで右往左往。最後、なんとか、印刷完了。

数日前、Chiaki が庭で歩く練習をしていた。夜、その写真を facebook にアップ。ここへ初めて来た2月の終わりには、ようやく立ち上がり、2、3歩歩いては倒れていた。今や、長足の進歩。もう少ししたら駆け出しそうだ。

思えば今から38年前の3月の終わり、京都からこの先祖の地に引っ越してきたとき、Chiakiのお父さんはまだ1歳になったばかり。やはり、立ち上がり、歩いては倒れていた。





そろそろ、ほたる祭りライブの詳細を決め、パブリシティを開始しなければ。


Monday April 23, 2018

昨日の碌山忌コンサート、体調は最悪であったが、なんとか無事歌うことができてよかった。わざわざ聞きにきてくださった方々の反応も悪くなかった。

Sunday April 22, 2018








Thursday April 19, 2018



Wendesday April 18, 2017

同級会。








Sunday April 15, 2018

「碌山」をYouTube へアップすることは長い間の念願だった。今日、長男がYou Tubeにアップしてくれた。数年前にアップしたいと思い、碌山美術館から写真を何枚か送っていただいた。今年2月のコンピュータのクラッシュですべ失ってしまったと思っていた。ところが、幸運なことに、長男のところにそれがすべて残っていた。よかった。

10分の長い歌だが、安曇野の景色を見たり、字幕を読んだりしていると、10分はすぐに経過する。長い間、 YouTubeに載せたいと思ってきたが、一番いい時に「アップされたように思う。
https://www.youtube.com/watch?v=wunI0u29z-U


Friday April 13, 2013

今年4月から村のお寺の総代になった。小さな村ゆえ、避けることができない。お引き受けすることに。今日1時から、総代会の最初の会議。


Wednesday April 11, 2081

一日中、雨。寒い。伊那在住のギター製作者大家さんから1週間ほど前に連絡があり、宇山基道さんのライブをオーリアッドでできないかとのことだった。体調のこともあり、迷ったが、あとどのくらいオーリアッドを続けられるかわからない。大家さんにお会いするいい機会でもある。お引き受けすることに。

宇山基道コンサート
日時:6月22日(金)午後6時半開場、7時開演
チケット2500円


Monday April 9, 2018

今朝も寒い朝。5時に目が覚めて、ネットサーフをしていたら、大谷翔平の出る試合がすぐに始まることを知った。階下におり、テレビをつける。驚いたことにほとんど完全試合をやってのけそうな勢い。結局7回に1安打されたが、見事なピッチング。

Masaki は両親に送られて学校へ。今日は全員心電図をとるとのこと。ぼくが小学生のころ学校で心電図をとったことはなかった。今は運動会が秋ではなく、5月に行われるからだろうか。

10時前、家人を大正琴の練習のため公民館へ送ったあと、整骨医へ。肩の痛みはだいぶとれてきたが、両手の指の関節が痛む。転倒して意識をうしなったとき、おそらく両手を強く歩道に打ちつけたのにちがいない。骨折しなくてよかった。運がよかったと思わなければ。

Sunday April 8, 2017

Saturday April 7, 2017



Thursday April 5, 2018





April 2, 2018








April 1, 2018






Tuesday March 27, 2017






Monday March 26, 2018

春というより初夏の暖かさ。朝食後、お墓参りに。お彼岸の中日に雪が降っていけなかったので。

昼過ぎ、畑の仕事。Masakiが張り切ってお手伝いをしてくれた。







この暖かさが続けば、庭の花も咲きだすだろう。


Satuday Maruch 23, 2018

Open Mike 初回出演順(敬称略):森嶋和也、長嶋功、坂井俊水、三浦久、田中創、赤羽真理。
田中君の久々の登場で、最後は恒例の Sweet Home Chicago のセッション。大いに盛り上がった。

















Friday March 22, 2018

午後はお寺のご住職がお彼岸のお参りにくることになっていたので、午前中に整骨医へ。だいぶ良くなったが、左の肩と左の手の甲が痛む。

昼過ぎ、しばらく次男家族も待っていたが、買い物に行きたいとのことで、ご住職と息子さんがきたときには、家人と二人だけでお迎えすることに。お経をあげていただき、お茶を飲んでいるところへ彼らが戻ってきた。



Masakiが昨日作ったかまくらはだいぶ溶けてしまった。昼過ぎ、彼はその中に入り、リンから本を読んでもらっていた。







長い間探していた腕時計を家人が見つけてくれた。ズボンのポケットに入っていたとか。この時計はソーラー時計で、1秒のずれもなく時を刻んでくれる。ぼくが今までにもった腕時計の中で最高の腕時計。よかった。


Wednesday March 21, 2018

こんな彼岸の中日も珍しい。朝から小雪が舞い、昼前には強く降り始め、午後にはかなり積もった。

Makakiは村の新1年生歓迎、6年生送別の会へ行く。次男夫妻の話だと楽しかったようだ。帰ってきてからは Chiakiを含めてみなで雪遊び。



Masakiが生まれてからの6年間でクライストチャーチでも2回雪が積もったらしい。Chiaki にとっては初めての体験である。


Tuesday March 20, 2018

病院へ。異常なし。とりあえず、今までの薬を継続することに。

午後は、整骨院へ、自分で運転していく。

寒い一日。

七夕コンサートの案内がきた。

岡山の尾崎さんからもお誘いが。


Monday march 19m 2018

潔さんの作業。
整骨医。
もりとも。


Sunday March 18, 2018



Saturday March 17, 2018

Open mike 初回出演順(敬称略):森嶋和也、坂井俊水、三浦久、長島功、武居美智子、原田和恵、赤羽真理、平本直也、佐藤宏信。




















Friday March 16, 2018

ここ数日春の陽気だったが、今日は一転して寒むくなった。山の上には雪が降ったし、平地でもしばらく雪が舞った。

朝10時過ぎ整骨医へ。午後は、まず箕輪のはま寿司へ。子供たちは次から次へ運ばれてくるお寿司に大喜び。Masakiは学校の給食に向けてお箸の練習をしてきたが、かなり上手になった。





そのあと家人たちは平安堂へ本と文房具を買いに。ぼくと次男は次男の眼鏡を新調するため眼鏡市場へ。眼鏡ができてくるのは一週間後とのこと。

夕食は家で。やはり家で食べるのが一番落ち着く。今夜はリンがスパイスのきいたミートローフを作ってくれた。美味しかった。



いよいよ内閣は、つまり首相は追い詰められてきた。こんなときは外交手腕ちらつかせ、急場をしのごうとするのが常套手段。今回もアメリカへ行ったり、韓国首相に言い寄ったり、もう誰も騙されないだろう。


Thursday March 15, 2018

Masaki は次男に連れられて町の病院へ。1年生に入学するにあたったて、食物アレルギーの検査。以前から乳製品を含みいくつかの食品にアレルギーがあったが、今日の検査でアレルギーがないと判定された。わが家の息子たちも、いくつかアレルギーがあったが、成長するにつれてなくなっていた。ただ急に今まで食べていなかったものを急に食べるというわけにもいかないだろう。徐々に食べていくのがいいかも。

久しぶりにに小野の整骨医へ。運転ができないので、家人に連れていってもらう。昨年7月の五十肩のときほど痛くはないが、それでも大事をとってみてもらうことに。低周波治療器はもとより、先生のGod's hand ともいうべきマッサージによって、痛みが大幅に軽減した。

ここにきて、森友問題に関する風が一気に政府与党に対して逆風になってきた。その勢いが持続しますように。

朝の光を浴びて。




Wednesday March 14, 2018

午前中、家人が次男の家族を連れてヨセフ幼稚園へ。ぼくは家で留守番。2月26日に我が家にきてから、3月8日に西小の1年生のクラスを訪問したときを除いて大人たちだけとの生活だった。家人のアイディアで次男が通った(長男も通った)幼稚園を訪問させていただくことに。ぼくは留守番。1時間後、家人から電話。次男が通っていたときに先生をしていた高田先生がいたとのこと。3月いっぱいで退職とのこと。

現在ぼくは検査の結果が出るまで運転を禁止されている。迎えにきてもらい、岡谷のLakewalkへ。Masaki の入学式に着る服と孫たちが普段着る服を買いに。Lakewalk にはユニクロがあって便利である。



買い物から帰ったら、隣の潔さんが、坂の「階段」を直してくれていた。学校が始まると毎朝この坂を下ってバス停へ行くことになる。





潔さんと記念写真。おかげで、急こう配だった坂が歩きやすくなった。

財務省の役人を巻き込んだ公文書書き換え問題は、ここにきて急展開。官邸サイドが窮地に追い込まれている。驕るもの久しからずの言葉の通り、もう逃げ切れないだろう。

Tuesday March 13, 2018

午後、Chiaki を乳母車に乗せ、村の上の段の道を北の端まで押してくる。家に着くまでにぐっすり眠っていた。ここにきてから次男夫妻は毎日そうしていたが、ぼくが押したのは今日が初めて。途中三好達治の詩なぞを口ずさみながら。

母よ―
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風の吹くなり

時はたそがれ
母よ、私の乳母車を押せ
泣きぬれる夕陽に向かって
凛凛と私の乳母車を押せ




Monday March 12, 2018

なんという茶番だろう。森友問題をめぐる攻防は。大泥棒の親分が真相を究明するという。誰もが答えを知っているのに、それぞれ決められた台詞をしゃべっている。いずれアドリブで話す人が出てくるだろう。

Sunday March 11, 2018






1月19日以後コンピュータが不調で Oread Homepage および Oread Diary を更新できませんでしたが、ようやく回復いたしました。今回のコンピュータの不調で、email address、住所、それにドキュメントなど、大半のデータを失ってしまいました。これからまた徐々に復活させたいと思っています。

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Friday January 19, 2018

シニア大学伊那支部から今年もお願いしたいとの電話があり、その後、メールで依頼文が届いた。シニア大学で話したり歌ったりするのは大歓迎である。時間がたっぷりあるし、参加者がみなさん熱心なので。

日時:11月16日(金) 10:30〜12:30
場所:伊那合同庁舎 5階講堂

数日前、今年の直木賞は宮沢賢治の父親のことを書いた『銀河鉄道の父』だと知り、さっさくその晩 Kindle 版を購入し、2日で読み終えた。特に感動したわけではないが、宮沢賢治のことについて、あたらしく発見するところもあった。それに、宮沢賢治を特に神聖視してないところもよかった。

「雨にも負けず」のモデルであったという説のある斎藤宗次郎もほんの少し登場した。モデルとしてではなかったが。

今年はトークライブで宮沢賢治について触れることが多くなりそうだ。


Thursday January 18, 2018

メディカルカフェあずまやの東先生から先日のイベントに参加した方々の感想が送られてきた。多くの好意的な言葉に感謝。そのいくつかは次の通り:

「私は私なりのやり方で自由になろうとした」「愛しているときだけ人は生きている」などの言葉に涙溢れ、中谷勲さんの生き方に勇気づけられました。そしてそれらの言葉を紡ぎだす声が心に響くたびに涙が溢れました。

「祈りの歌」に救われました。「与えられたのは私のこの人生/受け入れることを学ぶように」という言葉の重みに心打たれました。

「祈りの歌」には泣けました。歌の力に圧倒されました。

魂のこもった歌を聞かせていただきありがとうございました。それぞれの歌が心にしみわたり、涙なしで聞くことはできませんでした。久し振りに心が震え、安らかな気持ちになりました。

癌を自分の子供だと思うようになったら、癌が小さくなったという体験談に心動かされました。そんなふうに感じられるようになるといいなと思いました。

三浦さんの歌は景色が目の前に浮かんできて、心に響きました。この出会いをパワーにかえて日々生きていきたいです。

最近はなかなか歌が書けないし、体力は衰え、声もでなくなってきた。しかし、こんなふうに感じてくださる方々がいる限り、まだまだ歌い続けていきたいと思った。ほんとうにいい機会を与えてもらったものだ。


Wednesday January 17, 2018

昼を挟んで2コマのクラス。


「テストのようなもの」には、キング牧師が1967年にフィラデルフィアの中学校で行ったスピーチから選んだ。

You must have the determination to achieve excellence in your chosen field... Be a bush if you can’t be a tree. If you can’t be a highway, just be a trail. If you can’t be the sun, be a star, for it isn’t by size that you win or you fail, be the best of whatever you are.... We must keep moving, we must keep going. If you can’t fly, run. If you can’t run, walk. If you can’t walk, crawl, but by all means, keep moving.”

自分が選んだ分野において卓越しようとする強い意志をもたなければならない。・・・木にになれなかったら灌木であればいい。高速道路になれなかったら、小径であればいい。太陽になれなかったら、星であればいい。勝負はサイズによって決まるわけではない。自分の最善のものになればいい。そのためには、動かなければならない。前に進まなければならない。飛べなかったら、走りなさい。走れなかったら、歩きなさい。歩けなかったら、這いなさい。とにかく、何が何でも、前に進まなければいけません。

一日中、雨。雪でなくてよかった。


Monday January 15, 2018

午後2コマのクラス。at 南箕輪村。

夜、森林組合の理事会。この理事会を辞めさせたもらうようにお願いしてきたが、ぼくより年配の方が今回2人おやめになるとのことで、もう一期3年務めなくてはいけなくなった。今夜は懇親会にも最後まで参加。村の新しい情報がいくつか入ってきた。

Sundy January 14, 2018

大阪がん哲学外来メディカルカフェ5周年記念 at 大阪コロナホテル。

40数年前、ぼくの京産大のクラスにいた坂本君との縁で、このイベントへの参加が実現した。今回彼に会って驚いたことはぼくが話したことをかなり記憶していること。クラスでぼくが、山頭火の俳句のなかで一番好きなのは、彼の句の中で一番短い「笠も漏りだしたか」と言ったとのこと。そう言った記憶がないし、そのときすぐにぼくの口から「音はしぐれか」のほうが短いよという言葉が出てきた。指折り数えてみると、やはり「音はしぐれか」のほうjが短い。それに「笠も漏りだしたか」が一番好きな彼の句というわけでもない。ぼくが断片的に話したことが、彼の中で混線してそう記憶されたのかもしれない。でもそんなことより、細かいことまで覚えていることに驚ろく。

大濱さん、金森君、瀬川君、中野さん、70年代の初めに京都でお世話になった方々が聞きにきてくれて嬉しかった。特に金森君とはほんとうに久しぶり。そうそう、よくコンピュータのトラブルに関してメールでいつも修正方法を教えてくれる庄司さんもきてくれた。

音響は、三重県名張市の花岡さんが一式運んできてくれて、時間前に設定してくれた。下の写真の提供も。感謝してもしきれない。





このイベントに参加することが決まってから、癌と闘っているひとたちの体験談をネットで調べて読んできたが、一番感動したのは、寺山心一翁(てらやま・しんいちろう)という方の体験談。http://www.shin-terayama.jp/profile.php

彼の体験談を交えながら、1時間半歌わせていただいた。「祈りの歌」を歌ったとき、間奏で吹いたハーモニカのキーが違っていたことなど、間違いもいくつかあったが、全般的にはよかったと思う。

新幹線、高速バスを乗り継いで10時過ぎ、帰宅。やはり大阪と比べて辰野は寒い。

Saturday January 14, 2018

午後、高速バスと新幹線を乗り継いで大阪へ。宿は新大阪駅から歩いて5分の新大阪ワシントンホテルプラザ。大阪の町へくるのは久しぶり。おそらく新大阪駅近くのホテルだったからかもしれないが、大阪の町が前よりもずっときれいになったように感じた。


Saturday January 6, 2018

長男と奥さんを岡谷駅に迎えに行き、その脚で下諏訪の下社へ初詣に。あまり混んでなくてよかった。お昼は萩月庵という風情のある蕎麦屋さんへ。












Friday January 5, 2018

オープンマイク初回出演順(敬称略): 森嶋和也、丸山俊治、坂井俊水、原田和恵、伊藤、市川浅子、市川富士雄、長島功、三浦久。

伊那市東春近の九条の会の方々が1月28日(日)のライブの打ち合わせを兼ねて来てくださった。




















Thursday January 4, 2018

奈良のfacebook friend の俳人植松さんが熊谷先生の写真を見て、俳句を書いてくださった。見事である。

熊谷翁の長寿を寿ぎて、
 
    初陽さす老松緑深めたり (半石)





Wednesday January 3, 2018





Tuesday January 2, 2018





Monday January 1, 2018

元旦の朝は、村の恒例の行事で、神社に参り、お寺へあいさつに。





そのあと、1月4日に100歳を迎える熊谷先生にお会いしに行く。100歳を迎えてますますお元気である。