OREAD Diary June 1--30, 2011

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June 30, Thursday 2011

朝、地震。しかも震源地は松本。震度5強。辰野はそれほど揺れなかった。午後松本で2コマの授業。最初の授業が終わる直前、ガタッと大きな音。余震。震度は4だと学生が教えてくれた。 Twitter で情報が入ったとのこと。ニュースによると松本には午伏寺(ごふくじ)断層という断層があって、かなり危険な状態にあるとのこと。知らなかった。週2回、午伏寺というお寺の近くを通って松本へ。

7時過ぎオーリアッドへ。垣内さんが待っていてくれた。ほたる祭りライブのときの写真をプリントアウトしてもってきてくれたのである。感謝。それに長野日報の記者の方。7月17日(日)の松代現代アートフェスティバルについての取材。

遅くに丸山さんと原田(和)さん。隣町の歌声喫茶の帰りとのこと。丸山さんによると松本のライブハウスJUSTは地震による被害がかなりあったとのこと。その他、四方山話。

ちょっと疲れた、早目に寝ることに。明日は、9時過ぎ、岡山に向けて出発。


June 29, Wednesday 2011

朝食後、Music Life Plus のためのエッセイを、今日こそまとめなけらばいけないとパソコンの前にすわる。しかし、昔、試験が近づくと小説が読みたくなったり、映画を見にいきたくなったりしたように、畑にいきたくなった。とりあえず、昨日買ってきた網で3畝のジャガイモを囲う作業。畑中に雑草が生えているのが気になり、耕運機の入るところは耕運機をかけて、雑草をとる。結局、午前はほとんど畑に出ていたことに。

6月22日に家人が一列だけまいたひまわりの種が芽を出した。一週間で芽が出た。その芽の写真を撮る。そのほか今畑に生えているめぼしい野菜の写真を撮った。


1列目、左から網を張ったジャガイモ、ヒマワリの芽。ヒマワリの種をまいた畑。緑の部分は雑草。山際まで全部で15列ある。2列目は、こんにゃく芋の芽。これは珍しい。ブロッコリー、ズキニ。3列目、サトイモ、トマト、サツマイモ。4列目、スナップエンドウ、トウモロコシ、ゴーヤ。5列目、ナス、ピーマン、カボチャ。







夜、ドーシー先生からメール。土曜日拾得でお会いできそうだ。ほたる祭りライブでの彼の話がよかったという声を、今でも聞く。彼は日本の侍のようだったという人もいた。そう言われれば確かに彼の立ち振る舞いは美しかった。

今夜遅く、エッセイを完成する。明日もう一度読み直して送ることに。

そうそう『安曇野』全5巻が今日届いた。楽しみだ。


June 28, Tuesday 2011


先週火曜日に続いて今朝も8時過ぎ中学へ。読み聞かせ。3年生のクラス。前回と同じく、斉藤宋次郎についての文を朗読したあと、「雨にも負けず」を歌う。斉藤宋次郎に関する文を今朝家を出る前に若干手直し。内村鑑三を知らない生徒も多いだろうと、内村鑑三を説明する文を加える。内村鑑三は札幌農学校で学んでいる。しかしクラーク博士は彼が行く前年にアメリカへ戻っていて、直接教えを受けたわけではないらしい。しかし、博士の教えを受けた先輩たちを通して、そうとう感化を受けたようだ。わずか10分の読み聞かせではあるが、ぼく自身勉強になる。熱心に聞いてくれた生徒たちに感謝。

午後、2コマのクラス。猛烈な暑さ。節電を試みたが、たまらずエアコンのスイッチを入れる。今日の歌は The Rose。

帰路ホームセンターに寄り、ジャガイモ用のネットを買う。50メートル×1.5メートル。夜、猫を愛した芸術家たち―内田百閧見る予定が、たけしのみんなの家庭の医学を見ていて見逃してしまった。これは大いにためになった。早速間食を生の人参にしてみた。これはいい。

猫を愛した芸術家たちは三夜連続と思っていたら、四夜連続だった。明日は向田邦子。そした最終回が夏目漱石。

エッセイをまとめなければいけないが、疲れていて集中できない。明日一気呵成にやることにしよう。今週末は岡山と京都へ歌いに行くことになっている。その前に送る必要がある。

岡山、京都、楽しみだ。

                        ■


7月1日(金)午後6時30分から
☆岡山禁酒會館マンスリーライブ vol. 129
出演:三浦 久、 よしだよしこ、OZAKI UNIT
会場:岡山禁酒會館2F(市電・城下電停から徒歩2分)
料金:2000円
主催・音楽集団「木々の緑、風そして人々の歌」
(連絡先 090-5371-7793 尾崎)

7月2日(土)3日(日)午後5時30分開場、6時30分開演
第39回 七夕コンサート
出演 : 豊田勇造 ひがしのひとし 古川豪 三浦久
会場:拾得 京都市上京区大宮丸太町一筋上ル
      TEL 075-841-1691
前売・予約 3000円 当日 3500円 *ともに飲食別
(両日通し : 一日料金に1000円増)
問合・予約 : 七夕オフィス E-Mail f.go@titan.ocn.ne.jp




June 27, Monday 2011

週末の疲れがとれないのは、暑さのせいもある。昼前、久しぶりに隣村の城山公園までウォーキング。山の腰道に入ると、草が刈ってあって歩き安い。しばらく行くと、男の人がビーバーで草を刈っていた。「ご苦労様です」といって会釈して通り過ぎる。公園で少し休んで引き返す。途中、春にフキノトウを採ったところに生えている蕗を10本ほどいただく。神社のところまでくると、先ほど草を刈っていた人が軽トラのことろで休んでいた。長男の小学校の同級生のお父さんだった。遠洋航海の船に乗っていた人。しばらく立ち話。今年は副区長とのこと。それこそ「ご苦労様」。

この時期、見るべき花が咲いていない。白い野生のアジサイのような花があった。ホタルブクロも。徳本水の近くにアヤメ、そして「となりの潔さん」の家の下の道路沿いに黄色い花。最後の花はわが家の坂道に咲いていた知らない花。





午後、エッセイを書こうとするが、集中できない。少々歯茎が痛み、右の肩から腕にかけてコッテいるのがわかる。午睡することに。なかなか寝付かれなかったが、いつの間にか眠ってしまい、外出していた家人が戻ってきて起こされたときは4時半。すっかり眠ってしまった。

夜、三夜連続で放映されるという猫好き文化人の番組を見る。一回目は藤田嗣治。面白かった。藤田を演じた俳優はそれほど好きな俳優ではないが、今夜は少し抑え気味で悪くなかった。彼もものすごい猫好きのようである。明日は内田百閧ナある。最後は夏目漱石。

先日お借りした『安曇野』(第三部)を読み始めたら、これが面白い。昔の本なので、読みづらだいろうと思ったが、読みやすい。しかも大正時代の「自由な」雰囲気にあふれている。碌山、六朗、そして中谷勲などの理解が深まった気がする。オンラインで検索してみたら、新品はなかったが、全5巻そろっている古書店があった。以前調べてときは、別な古書店だったが、法外な値段だった。ここは手ごろな値段。早速注文を入れる。すぐに店主からメールが入り、本の状態を詳しく教えられる。2年前に始めたという良心的な古書店。変わった名前である。「うしおに堂」。

第三部の冒頭に岡田虎二郎という正座の先生の話が出てくる。その会の人たちの中には、座ると、身体が揺れ始め、ぴょんぴょん跳びはねる人もいると書かれていた。京都にいた頃、ある方に連れられて、大阪で開かれたそのような会に出たことがある。大広間にたくさんの人が座っていた。しばらくすると、何人かが、身体を揺すりながら大きな声を出したり、正座のままでぴょんぴょん跳ねたりし始めた。これには驚いた。そのときは半信半疑。演技だと思った。その時の巫女のような姿をした指導者は、岡田虎二郎の流れをくむ人だったのかも。


June 26, Sunday 2011


朝飯を食べながら外を見ると、山の麓に数匹の猿が見える。慌てて外に出て追い払おうとしたが、考え直してカメラを取りに戻る。数枚の写真を撮っただけで、猿はいなくなった。おそらくレンズを向けているぼくに気づいたのだろう。一匹は木にのぼって何かをとっていた。

午後遅くになって、ひまわりの種をまく。かなりハードな作業。疲れた。

夜は、LSECのクラス。ほたる祭りの最終日で歩行者天国。大回りをして岡谷へ行く県道に出る。少し遅れてクラスに到着。「コンドルは飛んでいく」を歌い、宿題の暗記の recitation。そのあと、内容について質問する。ある人は、「I would eat more ice cream and less beans. という一行があるが、もし人生をやりなおせるなら、 I would eat more beans and less ice cream. でいきたいと言う。一理ある。ぼくも less ice cream, less chocolate でいくべき。



今夜は疲れている。今夜は早く寝ることにしよう。


June 25, Saturday 2011

午後1時半から、池田町公民館講堂で「てるてる坊主の館改修記念コンサート」。前半山下次郎トリオの見事な演奏。特にウッドベースが印象に残った。ぼくは後半40分の演奏。「六朗」のキーが、あやまって低すぎたことを除けば、まあまあの出来だったと思う。終了後、池田町の教育長さんの案内で改装なった「てるてる坊主の館」を見学。浅原六朗さんについての資料や、本人の蔵書などが収められていて、見ごたえがあった。一回りして感じたことは、彼は童謡作家というよりは、作家だったということ。多くの著書が残されている。著名な作家たちと撮った写真も多数ある。この館は図書館の一部という位置づけで、入場無料。興味のある方は、是非どうぞ。ぼくも「六朗」の歌を書く前に、訪問したかった。

今まで知らなかった浅原六朗について知り、歌を書き、その歌を作者の出身地で歌う機会を与えられたのは実にありがたい。作家の永田浩幸さん、館長の小澤洋治さんのおかげである。永田さんは今ちょっと体調を崩しておられる。早く快復されんことを!!




池田町からの帰路、ハーブセンターでハーブの苗をいくつか買い、そのあと有名な「翁」に行く。「本日終了」の掛け札が。売り切れてしまったのか。それでもこの蕎麦屋さんのある高台から見る池田町の景色が素晴らしい。絶景というのはこういう景色のことをいうのだろう。

                          ■

今夜はほたる祭り歩行者天国の日。ほたる見物帰りのお客さんもちらほら。トップバッターは赤羽真理さん、「森の小道」「許し」など。原田和恵さん、愛犬の話のあと「ラルゴ」の演奏、そして「糸」と名曲「そばにいるよ」。藤森和弘さん、「人生に勇気」のあと、愛音ちゃんと「カントリー・ロード」と「まあるいいのち」。そして「愛音」。丸山俊治さん、久しぶりに「昼間の花火」から。今「おひさま」は、松本の空襲シーンの最中。そして最近の「ちゃんちゃら節」と「心の鏡」。続いて、赤羽さんの息子さんが、原田さんのサポートで「君は愛されるため生まれた」。歌もギターも上手い! 続いてぼくが、キーをあげて「六朗」、そして久しぶりに「DU」と「もし君がぼくを必要としたら」。久しぶりにぶっつけ本番で歌ったものだから酷いでき。前半最後は大月高志さんの友人のママさん。「テネシー・ワルツ」。ここで前半終了。休憩時間に、先週土曜日にいただいた西瓜をいただく。甘い!







後半トップは、赤羽さん。「旅人の木」と「千両梨の実」。後者は大月さんのサポート。続いて大月さん、「悲愴」と「G線上のアリア」のショートヴァージョン、そしてご存知「カノン」。原田和恵さん、「G線上のアリア」のあと、お父さんを呼びいれ、原田父娘のコラボレーション「キリストには代えられません」。娘の伴奏でのびのびを歌っているお父さんが印象的。お父さんは、歌う前に傾聴ボランティアへ行ってきた話。逆の立場であってもおかしくない年齢(失礼)でありながら、頭が下がる。しかもバイクに乗って。藤森さん、「今日は土曜日」、そして丸山さんが歌声喫茶で最近何回か伴奏したという「大空と大地の中で」。最後に久々に「住みなれたこの町で」を情感豊かに。丸山さん、お孫さんのために書いた「保育園」改め「一番最後で」。そして「70歳になったのだ」。

70歳を超えた原田さんと丸山さんにはいつも敬服させられる。常に前向き、そして他者への思いやりに溢れている。それはどこから来るのだろうか。お二人に共通する幼年時代の満州体験だろうか。

最後にぼくがぼくの数少ないプロテストソング「辰野○○ブルーズ」と「祈りの歌」。ディランがかつて finger-pointing song (指をさして非難する歌)と呼んだロテストソングは、難しい。その指は必ず自分にも向けられる。人を傷つける刃は自分をも傷つける。それでも抗議しないではいられない時もある。

長い一日だったが、充実した一日。少し早目に終わったので、家人と松尾峡へ、今夏二度目のほたる見物。先週土曜よりも多かったが、昨年には及ばないというのがぼくの印象。松尾峡が全体的に暗くなって、ほたるを見るにはとてもいい。帰りの車の中で気づいた。暗くなったのは、天竜川沿いの木が成長して、高速道路を走る車のライトを遮ぎるようになったからではないかと。


June 24, Friday 2011

明日は安曇野の池田町でのコンサート。今日は大事をとって畑は休むことに。始めると夢中になってやり過ぎてしまう。昼食後、午睡。寝室の窓とドアを開け放っておくと、いい風が入ってくる。そのあと、「六朗」の練習。

6時、オーリアッド。先ず赤い Takamine の弦を変える。その後ばらくして、相撲好きのお客さん。一時帰宅中とのこと。かなり痩せた。しばらく筆談。高齢のお母さんが心配で、家に帰りたいと言う。なんとかそうできないものか。

遅くなって、先日のコンサートに来てくださった中谷勲さんの親戚のご夫妻。ビデオと本を貸して下さった。ビデオは、中谷勲さんのことを、歿後50年以上経って、同僚だった親友が語っているもの。(実は先日同じものをお借りしたのだが、ケースには「永久保存」と書かれているのに、中身はドラエモンに変身していた。)本は、臼井吉見著『安曇野 第三部』。中谷勲さんのことが詳しく書かれているとのこと。感謝。

不思議だ。荻原碌山、中谷勲、浅原六朗、宮沢賢治、斉藤宗次郎、内村鑑三、みんな繋がっている。

右の写真は、のんびりと芝生に横になるソフィー。暑いので、芝生の上は気持ちいいのだろう。実はこれは、家に入りたいが、お仕置きで、入れてもらえないで、困って芝生に寝そべっているところ。


June 23, Thursday 2011


クラスが終わって控え室に戻ると、ジョン・Kがいた。ミュージック・ライフ・プラスから送られてきたDVD のディスクをみてもらうことに。家のパソコンで見たときはたくさんのPDFのファイルが出てきただけだった。動画が出てくるはずとジョンに話すが、やはり出てきたのはPDFのファイルだけ。でもそれがわかっただけでもいい。そこに載っている文章や写真は、ファイルを一枚一枚開ければ見ることができる。

ジョンがぼくのバックパッカーのケースをあけて、弾き出した。軽妙なブルーズ。最近書いたものとか。言葉がないので、何か歌詞を書いてくれという。それはちょっと難しい。ケイトがアメリカに帰ってしまい、彼のバンドにはシンガーがいない。演奏だけでもいいから、オーリアッドに来るようにと伝える。

帰路、幸楽苑で今年最初の冷麺。残念ながら、今年の冷麺は、去年とは完全に異なり、完全に「つけ麺」になってしまった。やはり冷麺は春陽堂。しかし、京都へいってももう春陽堂はない。

そのあと、ひまわりの種をまいたあとに張る網を、60メートル購入。ひまわりの種をまいても、鳥がついばんでしまうらしい。そういえば、ピーナツの種もたくさんまいたのに、芽が出たのは三分の一。

今日は蒸し暑い。こんな夜はほたるがたくさん飛んでいるだろう。お客さんに、「土曜日にライブのあと見にいったがあまりいなかった」というと、「おととい見に行ったが、あんなに飛んでいるのを見たことはない」という。

ほたるは、ここ数日が見ごろかも。


June 22, Wednesday 2011

梅雨の合間のまれにみる晴天。朝から、山の麓の新しい畑の広いほうを耕すことに。苦土石灰をまき、耕運機をかける。1週間ほど前、ローカル新聞に役場の産業振興課がひまわりの種を無料で配布するという記事が載っていた。遊休農地に搾油用のヒマワリを植え、景観と実益の一石二鳥を狙うプロジェクト。先日、家人が早速種をいただきにいってきた。

昼前には気温がかなり上がったので、農作業を中断。午後は久しぶりに午睡。夕方、再度耕運機をかけ、かなり広い範囲に種をまく用意が出来た。夕方家人が戻り、種をまき始めたが、一列だけで終わり。残りは明日以降に。実は去年も家の近くの狭いところに種をまいたのだが、花が枯れて種をとる直前に猿がやってきて食べてしまった。今度は畑一面である。油はとれなくても、畑一面にひまわりが咲いたら壮観だろう。

午後6時、オーリアッドへ。しばらくして原田さん。早速一局お願いすることに。オーリアッドにくるまで、将棋の名人戦をしばらく見た。3勝3敗のあとの最終戦。素人目に見ても、挑戦者の森内九段が優勢に見えた。後で知ったが、やはり森内九段が勝ったようだ。最近原田さんに負けが込んでいる。今日こそはと思ったが、やはり今日も出だしの攻防で、王を囲うまえに、攻められ、防戦一方のままに、負けてしまった。何とか対策を練らねば。原田さんは、インターネットで腕を磨いている。

遅くに二人のお客さん。その一人は川島周君のお父さん。しばらくして周君がサックスをもってお兄さんとやってきた。Take the A Train など2曲の演奏。高校3年生になり、ますます背が高くなり、サックスの腕も上がった。

11時過ぎ家に戻り、明日のクラスの準備。Email に返事を書く作業。Nick Vujicici のビデオの感想。学生たちには、4年間の学生時代に、多くのことにチャレンジしてもらいたい。ニックはいう、人生における重要な原理は to be thankful, to dream big, to be patient であると。感謝し、大きな夢をもち、忍耐強く努力すること。


June 21, Tuesday 2011

今朝は忘れずに中学へ。2年1組での読み聞かせ。毎回何を読むか迷うが、基本は今ぼくが一番感動しているものを読むこと。「雨にも負けず」のモデルであると言われている斉藤宗次朗についての文を読み、そのあと「雨にも負けず」を歌う。しばらくこれは使えそうだ。

12時時過ぎにキャンパスに到着。印刷室で今日の教材を印刷しているところへリチャードが入ってきた。彼の顔を見たとたんにクラレンス・クレモンズを思い出した。「クラレンス・クレモンズのこと知ってる?」と聞くと、「残念だ。LAコロシアムで見たコンサートが忘れられない。完璧なコンサートだった」と言う。

Born to Run のアルバムジャケットの写真は衝撃的だった。スプリングスティーンのアルバムジャケットの中ではもっともセンスがいい。サックスの演奏もさることながら、彼はEストリートバンドの屋台骨だった。彼がそこにいるだけで安心感があった。まさに Big Man だった。

夜、土曜日の池田町でのコンサートに向けて練習。「六朗」の言葉やメロディを若干変えて歌ってみる。先日このコンサートの詳細が送られてきた。前半は東京で活躍する池田町ゆかりの若手ジャズバンドの演奏。後半は、1時30分から、ぼくが歌うことになっている。聞くところによると、浅原六朗はジャズが好きだったとのこと。

横浜の境野さんからメールが届いた。「新曲「中谷勳」は、私にとって「碌山」以来の感動的な歌でした。ドーシーさんの講義と人柄も印象的でした。三浦さんの隣に座っていらしたピアノを弾く女性の歌声にもつい魅せられてしまいました」と書かれていた。2000年8月18日(金)の夜、碌山美術館の本館の入り口をステージに「三浦久、戸張弧雁のこころをうたう」というコンサートが行われた。そのリハーサルをしている最中、顔を上げたら境野さんの姿が遠くに見えた。驚いた。こころをうたう

 6月25日(土)午後1時30分〜2時10分
 浅原六朗文学記念館改修記念コンサート
 第一部:山下次郎トリオ
 第二部:三浦久
 会場:池田町公民館講堂
 〒399-8601 長野県北安曇郡池田町大字池田3190-1
 tel: 0261-62-2058

 入場無料
 *午前9時より同じ会場で「第30回てるてる坊主童謡まつり」が行われます



June 20, Monday 2011

1967年8月にヘイトアシュベリーへ行ったときの写真がないかといわれ、探したが見つからない。当時カメラはもっていたが、そんなに写真は撮らなかった。おそらく貧乏で現像代が払えなかったのだろう。ヘイトアシュベリーの公園で、ギターケースに貼ってあったUCSBのステッカーを剥がそうとして苦労したことを覚えている。ドロップアウトした人たちに囲まれて establishment に身を置いていると思われたくなかったのに違いない。

そのギターケースの写真でもいいし、日記があれば、その写真も欲しいとのことで、埃にまみれたギターケースを物置から出してきた。弦はなく、ネックの先端のナットも外れて見当たらない。その写真と、拙い英語で書かれた日記のページの写真をお送りすることに。




小さなカエルが台所の前の塀の上に朝から晩までずっといた。よく見れば可愛い顔をしている。ソフィーを抱っこしてカエルに近づけると右手で触ろうとするが、それでもカエルは少し動きはするが、逃げようとしない。

サツキの花が今きれいである。ツツジとサツキの違いを長いこと知らなかった。最近ようやく、ツツジのほうが早く咲き、サツキのほうが遅く咲くということぐらいはわかるようになった。それにサツキのほうが花弁が大きい。右下の写真はミヤコワスレ。実際はもう少し紫がかっている。




明日は中学での読み聞かせ。前回はすっかり忘れていて、ご迷惑をかけた。今日は朝から家人に何度も「明日は読み聞かせよ」と注意される。

「雨にも負けず」に書かれていることは、どれも実行が難しいが、ぼくには「よく見聞きし分かり そして忘れず」の「そして忘れず」が一番難しい。


June 19, Sunday 2011

朝食後、ドーシー夫妻と、ライブの手伝いにきてくれた長男を塩尻駅まで送る。家人は野間さんを辰野のバス停へ。塩尻駅に向かう途中、ドーシーさんが言う、「うーん、salty butt、変わった名前だね」。言われてみれば、塩尻は「しょっぱい尻」。そのときは咄嗟に思い出せなかったが、塩尻の名前の由来は、もちろんしょっぱい尻ではない。塩の道の終点という意味だと聞いたことがある。ご夫妻は京都へ、長男は東京へ。ドーシーさんとは7月2日(土)に拾得で再会することに。



昼食後、家人とオーリアッドへ行き、後片付け。そして1時半から辰野教会へ「春のチャーチ・コンサート」を聞きに。町のコーラスグループのメンバーと教会のメンバーからなる「ダブルス」というグループと、教会の音楽好きの若者たちのグループ「オリーブ」の出演。懐かしい童謡、唱歌の数々。それに賛美歌も。美しいハーモニー。赤羽真理さんと原田和恵さんは「ダブルス」のメンバーとして参加。原田さんは、「オーリーブ」の伴奏も務めた。歌声喫茶風に、みんなで歌う歌もたくさんあり、楽しめた。



コンサート終了後、再度オーリアッドへ。後片付けの続き。夜は疲れてうとうとしながら、Music Life Plus のためのエッセイを考える。既存のエッセイのいくつかを修正し、繋ぎ合わせる作業。スムーズに繋ぐための言葉が難しい。でもなんとかなりそう。


June 18, Saturday 2011

第15回三浦久ほたる祭りライブ無事終了。多くの皆さんのご協力のおかげである。

前半、ぼくが「山頭火」「こおろぎがうたうように」「雨にも負けず」をソロで歌ったあと、ダートマス大学教授、ジェイムズ・ドーシーさんに「講義」をお願いする。60年代後半に始まった日本の(アングラ)フォークソング運動、特に放送禁止や発禁処分になった作品(「自衛隊に入ろう」や「くそくらえ節」)が、いかに、日本のポピュラーミュージックに、そして社会全般に、影響を与えたかというお話をされる。彼の流暢な日本語に誰もがびっくり。

最近、ハーバード大学のサンデル教授の「白熱授業」が話題を呼んでいるが、小さな田舎町で、名門ダートマスのドーシー教授の「白熱授業」を受けることができたのは何たる幸運!「ドーシー教授のフォークの考察も仲々面白く、1970年を跨いで青春を送った者としてはとても興味深く拝聴させて戴きました」というメールも届いている。

ここでしばらく休憩し、後半。ここから野間義男さんにサポートをお願いする。リクエストのあった「サンタバーバラの夏」からスタート。「バード・オン・ザ・ワイアー」「ガビオタの海」「果樹園の道」「カムサハムニダ、イ・スヒョン」。そして新曲「中谷勲」。この歌はまだあまり歌いこんでいないため、歌うたびにメロディが若干ことなったり、言葉を区切る場所が移動するきらいはあるが、歌の言葉がみなさんの心に確かに届いていると感じられた。歌い終わったとき、驚いたことに、一人の若い女性が立ち上がり、ステージに近寄り、花束を贈って下さった。歌の中に、中谷勲が「かあちゃん」と呼びかけるところがあるが、その「かあちゃん」が出た家の方だという。若い小学校の先生。感謝。






そのあと、「祈りの歌」と「碌山」を歌い、みなさんと一緒に歌うコーナー。先ず「風に吹かれて」を歌うことに。「風に吹かれて」という名前の屋台のラーメン屋さんをやめ、去年から高校の先生になった鈴木君がご家族できてくれていた。そして「グッドナイト・アイリーン」、そして「ふるさと」。みなさん大きな声で歌ってくださった。

そのあと、最後の歌、「千の風」。時間が押していたので、ここで終了する予定が、アンコールの掛け声。特に大きな声で叫んでいたのは粟津原さんと白馬童子さん。そこで、最後の最後に、ボブ・ディランの大ファンであるドーシー先生に「明日は遠く」を捧げる。

3時間近い長いコンサートになった。みなさん最後まで熱心に聞いてくださった。震災後の落ち込んだ雰囲気の中で何人の方がきてくださるか心配だった。杞憂だった。予想以上に多くの方が参加してくださった。歌っている途中に気づいた。まん前にすわっているのは京都からやってきた大造君だと。事前の連絡がなかったので驚いた。Email でライティングを学ぶクラスの中国からの留学生ヘイ君もいた。

その後、12時近くまで打ち上げ。ドーシーさんのお話に対する感想や質問が飛び交い、粟津原さん、原田さん、丸山さん、赤羽さん、堀越さん、有賀さん、それに野間さんが歌い、太鼓をたたき、大いに盛り上がった。




12時過ぎ、ドーシー夫妻と松尾峡へ。残念ながら、まだホタルはそれほど多くなかった。


June 17, Friday 2011

終日、ほたる祭りライブのための準備。掃除も含め。

宮沢賢治の「雨にも負けず」に以前曲をつけたことがある。今回のほたる祭りライブこそ、それを歌う絶好の機会である。死の床で書かれたというこの詩は、宮沢賢治の憧れ、大乗仏教の理想像である菩薩への憧れ、を書いたものだと思っていた。詩の最後には、法華経に登場する四大菩薩の名前も列挙されている。

そのことは否定できないだろうが、この詩にはクリスチャンだった実在のモデルがいたという説があるらしい。驚いた。よく知られている話かもしれないが、寡聞にして知らなかった。駅に集まった人たちの中に宮沢賢治がいたといういうところを読んだときは鳥肌が立った。
http://mendoritusin12.sakura.ne.jp/2002/31.htm

オーリアッド。ライブの予約のいくつかの電話、そして買いにきてくれた方も。それに、7月8日(金)のフォトジャーナリスト・ラリードライバーの山田周生さんを迎えてのイベント実行委員会の方々との打ち合わせ。

  
バイオディーゼルアドベンチャー・トークショー
  2011年7月8日(金)開場午後6時30分、開演7時
  会場:オーリアッド
  参加費:1000円+ワンオーダー
  主催:バイオディーゼルアドベンチャートークショー実行委員会

山田周生さんは、使用済みのてんぷら油をディーゼル油に変え、地球一周を成し遂げ、帰国後日本一周の旅の途中、岩手県で震災に遭遇。ガソリン不足で多くの車が走れなくなる中、バイオーディーゼル車で直ちに支援活動を開始、現在も続けておられるとのこと。当日、家庭の使用済みてんぷら油がある方はご持参ください。


June 16, Thursday 2011

午後7時、オーリアッドへ。家人と交代。スピーカーからは Masters of War が流れている。続いて Down the Highway。ボブ・ディランの2枚目のアルバム The Freewheelin' Bob Dylan。久しぶり聞く。とても新鮮。ギターとハーモニカとしゃがれ声。ぼくの原点はここにある。スージーが両腕でボブの左腕にしがみついて、冬のグリニッチビレッジの通りを歩いている写真のジャケットは、ぼくの一番好きなジャケット。

明後日のコンサートに向けていくつか最近歌っていない歌を練習。「パーティーは終わったよ」「流転のうた」など。京都へ行って数年のうちに書いた曲。「こおろぎがうたうように」「山頭火」も。

一昨日チケットを買いにきてくださった方は、中谷勲さんの親戚とのことで、中谷勲さんについて新しい情報をいくつか教えていただいた。そのひとつは、碌山美術館にある足踏みオルガンは中谷勲さんが梓川の倭(やまと)小学校で弾いていたものとのこと。もうひとつは、彼が亡くなったのは、たんなる普通の風邪ではなくスペイン風邪だったとのこと。これらの情報をうまく歌に組み入れることができたらいいのだが。碌山と中谷勲、そして浅原六朗が、見えない糸で繋がれている。

11時閉店し帰宅。残念、今日は満月だが、小雨が降っている。


June 15, Wednesday 2011

一度外に出ると、なかなか家に入れない。草は伸びているし、ジャガイモの葉にはテントウムシダマシがいっぱい。放っておくと、ジャガイモの葉が食べつくされ枯れてしまう。去年までは家人が専門に取り除いたが、今年はぼくも見つけるたびに駆除することに。

ヨーロッパにジャガイモが最初に紹介されたとき、それは食用ではなく、花を観賞するためだったとどこかで読んだことがある。確かにジャガイモの花は美しい。

ジャガイモの葉の上に、いろんな虫がいる。テントウムシダマシ以外はそのままに。下の写真の上の列の中はテントウムシ。右はテントウムシダマシ。テントウムシダマシの色はくすんでいるし、黒点の数が多い。テントウムシダマシという名前は、おそらく本当のテントウムシに似ているところからつけられたのだろう。ひょっとしたら、この虫は取り除こうと手を近づけると、死んだ振りをして葉の上でひっくりかえるところからきているのかもしれない。

新しい畑にバジルの種をまく。水をやろうと、ジョウロに水を入れてもっていくとき、小さなピーマンができているのに気づいた。





午後、歌の練習と芝刈り。

オーリアッド。CDの棚を整理していたら、去年のクリスマスに探したが出てこなかったボブ・ディランの Christmas in the Heart が出てきた。季節はずれながら、聞くことに。以前聞いたときより、抵抗なく入ってきた。わざとだみ声で歌っているように響く4曲目以外は。あるいは寝起きだったのか。

ほたる祭りライブの予約の電話がいくつかあり、チケットを買いにきて下さった方もいた。家に戻ると、ジェームズ・ドーシーさんから打ち合わせのメール。トークの中で、歌をかけたいが、CDに焼いてもっていったほうがいいか、iPhone のままでいいかとのこと。念のため、両方用意してもらうようお願いする。



June 14, Tuesday 2011


一昨日注文したオーディオミキサーが今朝届いた。驚くほど早い。夕食後、早速オーリアッドへ。設定しようと梱包をあけると、8チャンネルあると思い込んでいたが、6チャンネルのミキサーである。しかも、ケーブルが今までのものと違うのか、音が出ない。今まであったものに戻すことに。以前と同じようにケーブルを繋いだが、こちらも音が出ない。ちょっと慌てた。何度か接続しなおし、前と同じように音が出たときは、胸をなでおろした。汗びっしょり。

今日は、2つのクラスともに、Nick Vujicic の字幕なしの映像を昨夜焼いたDVDで見せ、次に英語の字幕入りを見せる。そのあと、スクリプトを渡し、簡単に訳し、もう一度、字幕なしの映像を見る。クラスのあと聞いてみると、最後には少し聞き取れるようになったとのこと。4時間目のクラスのあと、一人の学生が教室に残っていて、「今の自分にぴったりのメッセージでした」と話しかけてきた。

There were times when I sort of looked at my life and said, "I can't do this, I can't do that." And you keep concentrating on the things you wish you had and the things you didn't have. and you sort of forget what you do have.

There is no point, I believe, in my life I wish I had arms and legs, I wish I had arms and legs…..because wishing for it won't help.

What I have seen in life was just a couple of key principles and the first thing I've seen is to be thankful....


以前、ぼくの身体のことを考えてよく嘆いたものだ。「これもできない、あれもできない」と。あったらいいなと思うものや、持っていないもののことばかり考えて、自分が持っているものを忘れていたんだ。

腕や脚があったらいいな、腕や脚があったらいいな・・・と、願いつづけても何の役にも立たない。いくら願っても腕や脚が生えてくるわけではないからね。

生きて行く上で大切ないくつかの原理をぼくは見つけたんだ。その最初の原理は、(自分が持っているものに)感謝すること・・・。

Nick Vujicic: No Legs, No Arms, No Worries (英語の字幕入り)

http://www.youtube.com/watch?v=KI9Y3SqLTlM&feature=related



June 13, Monday 2011

午後1時から、葬儀に参列。故人は102歳。大往生。新聞に事前の死亡広告も出さない、こじんまりとした葬儀。それだけに心がもっていた。若い喪主の挨拶もよかった。まだ子供のころ、母に連れられて、当時小学校の先生をしていた故人の家に何度か伺ったことがある。穏やかで無口な人という印象だった。老いてからは頑固一徹。歯に衣着せぬ物言いで、周囲から煙たがられていた。ぼくもしかられたことがある。髪と髭に関して。明治の男ここにありという感じだった。もうそんなふうにしかってくれる人がいなくなった。今更ながら、故人を懐かしく思い出す。裏表のない人だった。

最近はよく雨が降るので、畑に水をやる必要がなくてありがたい。しかし草が伸びて大変。朝、耕耘機で畝と畝の間を耕す。午後葬儀から戻って、ビーバーで畑の周辺の草を刈る。

gotta さんが、明日の授業に間に合うようにと速達で Nick Vujicic のスピーチをDVDに焼いたものを送ってくれた。感謝。同時に、自分で焼く方法も教えてもらったのだが、どうも上手くいかない。それで、夜、RealPlayer の設定をしなおしてみた。試行錯誤の上、なんとかDVDに焼くことができるようになった。以前とは違うやり方だったので分からなかった。


June 12, Sunday 2011

大きな買い物を2つした。ひとつはオーリアッドのためのオーディオミキサー。数ヶ月前にミキサーの調子が悪くなった。そのあと、石崎さんが調達してくれたミキサーを使ってきたが、リバーブ機能がついていない。ほたる祭りライブに向けてYAMAHAのミキサーをオーダーした。8チャンネルの小さなミキサー。値段も手ごろである。

もうひとつは、「レスベラトロール」のサプリメント。夜、階下に降りていくと家人がメモをとりながらテレビを見ている。何かと思ったら、老化を防止し、長生きする遺伝子を活性化するにはどうしたらいいかという番組だった。それには、1.カロリーを控える。2.長寿遺伝子を働かせる天然の抗酸化物質レスベラトロールを摂取する。この2つらしい。レスベラトロールは赤ワインやピーナツに入っているらしい。フランス人がヨーロッパの中でカロリー摂取が多く、肥満も多いのに、他の国に比べて長寿なのは赤ワインの摂取量がダントツに多いかららしい。

身体によくてもワインをたくさん飲めば酔うし、ピーナツをたくさん食べれば脂肪がつく。そこでサプリメントということになる。レスベラトロールのサプリメントをネットで調べてみた。120粒入りが、日本だと1本9800円だった。1万円を超えるものもあった。アメリカのサイトを覗いてみたら、送料込みで3本買っても1万円でお釣りがくる。早速注文する。どこまでそれが正しいかわからないが、抗癌作用もあるらしい。客の期待を増幅し、購買意欲をそそる悪徳商法の気がしないでもない。しかしなんといってもNHKの番組、まんざらウソでもないだろう。1週間飲めばシミやしわが消えるとも書いてあった。やはり誇大広告か。

いずれにしても、試してみる価値はある。

                           ■

浅原六朗文学記念館改修記念コンサート

日時: 2011年6月25日(土)午後1時30分〜14時50分
場所:池田町公民館講堂
出演者:ジャズバンド「山下次郎トリオ」&三浦久
前半の40分、山下次郎トリオが演奏し、後半40分、三浦久が「六朗」を含む歌を歌う。

お近くにお住いの方で、ご都合のつく方はお出かけください。



June 11, Saturday 2011


本日のオープンマイク。

先ずぼくが、改訂版「中谷勲」を含む数曲を歌ったあと、原田和恵さんにお願いする。サティの「ジムノペディ」の演奏、そして、意表をついて「友よ」。原田さんが歌うと、まさに賛美歌。夜明けは近くなくても、「夜明けは近い」と歌わずにはいられない。最後に「日々主はそばにいまして」。丸山俊治さん、新曲ラッシュ。1曲目、「保育園」というタイトルと内容があっているかは別にして、保育園に通うお孫さんへのメッセージ。すべての人へのメッセージでもある。効率ばかりを求めてトップを走らなくてもいい、転んだ人を助けてやりながら、ビリを走ったらいいという主旨の歌。

藤森和弘さん、「人生に勇気」、そしてこれまた意表をついて「きよしこの夜」。そして「チェインジ」。2曲目は去年のクリスマスに歌おうとして用意していたものか。半年遅れ、それとも、半年早いか。赤羽真理さん、先ずキウイーの苗木を買った話から。苗木を買って家に戻り説明書を読むと、実を結ぶにはオスとメスの苗木が必要とのこと。買ったのはオスばかりだったので、1本メスに換えてもらいにいったとのこと。わが家でもずっと昔キウイーを育てたことがあった。実はならなかった。オスとメスの両方がなかったのかも。歌は、「風車」「私を待つ人がいる」「旅人の木」。

垣内彰さん、三男の結婚式、披露宴の報告。楽しい素晴らしい披露宴だったようだ。新郎新婦親族代表あいさつも、用意しておいた型どおりのものは読まず、その場にあわせて臨機応変に変え、大好評だったとのこと。Facebookで新郎新婦の写真を見たが、ナイスカップルである。続いてぼくが「六朗」を歌って、前半終了。






後半トップは原田さん、先ず6月19日(日)のチャーチコンサートで歌う歌の中で気に入ったという「エーデルワイス」を歌い、続いて丸山さんの好きな「G線上のアリア」の演奏、そして「あなたのなさることは」。丸山さん、意表をついて(今夜は3度目か)、オクノ修・作、大工哲弘・歌の「ハートランド」。名曲である。そして愛音ちゃんのために「雪のかくれんぼ」。そして先週に続いて「70歳になったのだ」。丸山さんには「老いてますます盛ん」という言葉が当てはまらない。「老いて」いるとは思えない。ただ、盛んである。

藤森さん、師匠の「6月の雨」、そして垣内さんの息子さんへお祝いの気持ちを込めて「乾杯」。そして、今夜はステージで歌わなかた愛音ちゃんのために書いた歌、「愛音」。赤羽さん、「鹿のように」「森の小道」はソロで、3曲目「千両梨の実」は大月高志さんのサポートで。大月さん、近況報告のあと、「カノン」。最近あまりピアノも弾いていないとのことだが、華麗な演奏。ここで今夜のオープンマイク終了。その後しばし歓談。

来週6月18日(土)は、ほたる祭りライブのためオープンマイクはありません。

                         ■

昨夜、京都から戻ると家人が開口一番、蛇が鳥の巣箱に入るところを目撃したと言う。悲鳴を上げたら、隣のおじさんが驚いてとんできてくれたらしい。おじさんがいた畑はかなり離れているから、どんなに大きな悲鳴だったかわかる。蛇はすぐに巣から出て、どこかへ行ってしまったらしい。そのあと、彼女は木のまわりに、去年蛇が出たときに買った嫌な臭いのする忌避剤をたっぷりまいたとのこと。どうりで、昨夜家に戻ったとき、変な臭いがしたはずである。

蛇は先日飲み込んだ数羽の雛を消化してしまい、また餌をもとめて巣箱に入ったに違いない。巣箱をどこか遠くの木に移してほしいというので、下に降ろして中を見ると、板が腐食しはじめ、羽のついた小さな虫が何匹か蠢いている。この巣箱に大いに楽しませてもらったが、燃やすことに。



そのあと、近くの五葉松のてっぺんに珍しい鳥がとまっているのが見えた。五葉松の混み合った枝の中に巣があるのかもしれない。そっとしておいてやろうと思う。

June 10, Friday 2011

京都へ日帰りで行ってきた。福島慶道老師の津送(しんそう=本葬)に参列するため。名神の改修工事のためバスは1時間ほど遅れるとのことで、大事をとって、辰野から塩尻、塩尻から名古屋、名古屋から京都と電車を乗り継ぎ、最後にJR奈良線で東福寺駅へ。東福寺駅についたときは12時半。そこから歩いて、日下(くさか)門へ。そこで、昔宝福寺での坐禅合宿に参加し、それ以来、福島老師にぼく以上に師事してきたMさんと会い、葬儀が行われる法堂(はっとう)へ。

午後1時、和太鼓が鳴り響き、津葬が始まる。嬉しかったのは、3人の導師の一人が、ずっと昔、宝福寺でお世話になった元精(げんせい)さんだったこと。すわった場所からは彼の横顔しか見えなかったが、確かに面影がある。現南禅寺僧堂師家、日下元精老師である(写真、下・右)。福島老師も嬉しかったことだろう。立派になった弟弟子に見送られて。

福島老師から、中国へ行って、廃れていた禅寺の復興に努められたとお聞きしたことがあった。その縁で、中国の禅僧もたくさん参列していた。衣の色がカラフルである。





帰りは、深草でバスに乗り、辰野まで。やはり名神が改修中で、1時間遅れて9時過ぎ帰宅。

京都に向かう新幹線の電光掲示板に、村上春樹が「原発反対を表明した」という主旨のニュースが流れた。家に戻って検索してみたら、次の記事が出てきた。スペインの「カタルーニャ国際賞」授賞式でのスピーチのようだ。
http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040017000c.html
http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040019000c.html

日帰りの強行軍で疲れたが、行ってよかった。今日は早く寝ることに。


June 9, Thursday 2011

2コマのクラス。事務局の方の助けを借りて、パソコンでこの日記にアクセスし、
http://www.youtube.com/watch?v=AW579icDRSA&feature=related
を見せ、次に字幕入りの
http://www.youtube.com/watch?v=KI9Y3SqLTlM&feature=related
を見せる。さらに英語のスクリプトを渡し、若干解説し、最初の映像を再度見る。学生が何かを感じてくれたらいいのだが。

夜、オーリアッド。7時過ぎに入ったときにはすでにジブランの方々が何人かきておられた。そのあと、原田さん。今日も奇襲作戦に負けた。気をつけなければ。

遅くに珍しいお客さんが2人。ちょっと酔っていて楽しそう。

明日は、東福寺の福島慶道老師の津送(しんそう)に参列するため京都へ。

June 8, Wednesday 2011

今日は畑や剪定の仕事はパス。オンラインの雑誌から、1967年(Summer of Love) にヘイトアシュベリーにいったときの体験について書くことを依頼される。『追憶の60年代カリフォルニア』の9章と10章をひとつにまとめたら、面白いものが書けるかもしれないと読み直してみる。締め切りまで、しばらく時間がある。上手くまとめられたらいいのだが。

「ほたる祭りライブ」のための準備と練習。ジェームズ・ドーシーさんの話を楽しみにしているというメールがあった。ぼく自身も楽しみである。

夜、オーリアッド。いつの間にか日が長くなって、7時になってもまだ明るい。

遅くに一人のお客さん。オーリアッドは初めてだが、10年以上も前、隣町の中学生だったとき、ぼくのトークライブを聞いたことがあるという。「セカンド・ウインド」と「それぞれの道」の内容をよく覚えていた。長渕剛のファンだというので、一曲歌ってもらうことに。ギターも歌もとてもしっかりしている。「巡恋歌」ですね、というとそうだと言う。藤森和弘さんがこの歌を何度か歌ったので覚えていた。土曜日には長渕剛の歌をよく歌う人がくるので、歌いにきてくださいと伝えておいた。来てくれるといいのだが。

午後、月に一度の定期健診。血圧は安定してきた。140/90前後。まだ高いといえば高い。減量してもう少し下げたいもの。減量といえば、家に戻って、録画しておいてもらった今夜の「ためしてガッテン」のヒスタミンによる減量方法を見る。30回噛むこと。これは前からよく言われていて、何度も試みたが長続きしたことがない。青みの魚を食べること。これも前からよく言われていたこと。青みの魚は苦手だが、鰹節のだしにもヒスタミンがよく入っているとのことで、これなら問題ない。いずれにしろ、続けなければ。いろんなダイエット法を試したが、続かない。そうそう、睡眠不足も肥満の原因とか。ぼくの場合はこれが一番の問題かも。



June 7, Tuesday 2011

今夜は久しぶりにサッカーの試合を最初から最後まで見た。引き分けに終わったが、いい試合だった。日本の選手たちのパスワークは実に見事。あわやゴールというシュートもあり見ごたえがあった。10年前と比べるとその実力はかなりアップしているように思えた。外国のチームでプレイする選手が多いことからもそのことがわかる。ただチェコの選手に比べるとどうしても体力的に見劣りしてしまう。身体が大きければいいということでもないだろうが、チェコのゴールキーパーが両腕を広げたら、どこへシュートしていいかわからないほど。

午後2コマのクラス。今日のクラスではお茶についてのエッセイを読む。その最初のクラスに、ディクテーションがほぼ毎回完璧にできる学生がいる。帰国子女かなと思っていたが、今日クラスの終わったあと、聞いてみた。「小学校5年までスリランカに住んでいたとのこと」。紅茶で有名な国で、かつてはセイロンと呼ばれ、イギリス連邦の国だった。なるほどと思ったが、彼女の努力もある。熱心でまじめな学生である。

以前できた YouTube の動画をDVDに焼くことができない。RealPlayer Plus を購入していたのだが、昨年ハードディスクが壊れて新しいものに換えてから、上手くいかない。再度購入しようとするのだが、すでにそうなっているというような表示が出て、ダウンロードできない。

学生のヒアリングの力をつけるために次の映像を見せたいのだが。Nick Vujicic の映像。これは英語の字幕付き。
http://www.youtube.com/watch?v=KI9Y3SqLTlM&feature=related


June 6, Monday 2011

昨日の続きで、今日も朝から庭木の剪定。かなり思い切ってばさばさ切り落とした。モミジ3本、五葉松、椿など。まだ十分ではないが、疲れすぎるといけないので、3時過ぎに終了。

夜、金曜日に頼まれた「中谷勲」と「旅立つおまえに」を録音しにオーリアッドへ。家までお届けしようと出かけたが、道に迷ってしまった。同じところをぐるぐる。以前お伺いしたことがあるのだが、昼と夜ではあたりの様子が違う。あいにく携帯をもっていなかった。オーリアッドへ戻り、電話をすると、すぐにいきますとのことで、取りにきてもらう。実際に録音して聞いてみると、かなり客観的に聞くことができる。もう少し、手直ししたくなった。というよりも、言葉はあまり増やさず、もとに戻したほうがいいように思ってきた。

去年、小鳥の巣箱から蛇が顔を出したのは、6月13日のことだった。そのときまでに雛は巣立ったので、事なきを得た。今年ももう少しで飛び立つところだった。惜しいことをした。自然の摂理とはいえ、可哀想なことをした。


June 5, Sunday 2011


朝食後、2階の仕事部屋に入った途端、家人の断末魔の叫び声! 何事かと飛び出すと、彼女はソフィーを抱えて、庭の東南の隅に背中を向けて立っている。「どうした?」と聞くと、「へ、へび!」とイチイの木のほうを指差す。思わずぼくも「うわっ!」と仰け反った。

こんな長い蛇は見たこともない。ところどころ膨らんでいるのは、シジュウカラの雛を丸呑みしたからか。雛が孵ったあと、蛇を寄せ付けない薬品をまいておくべきだった。もうこの巣箱は取り外さなければならないだろう。



蛇の大きな写真は次のURLから。蛇の嫌いな人はお気をつけ下さい。
http://www.secondwind.jp/snake2011.htm

午後、さつま芋の苗を植え、イノシシに荒らされた東側の花壇を整備し、生い茂った木々の剪定。植物の旺盛な生命力に驚かされる。風に飛ばされた種が、あるいは鳥が運んできた種が、根を下ろし、小さな芽が出たと思ったら、いつの間にか大木に。


June 4, Saturday 2011

午前中、ネギの土寄せをし、サツマイモ用の畝を作る。昨年までは土寄せは、鍬でやっていたが、今年は春先に購入した耕運機でできる。しかし、機械は状況に合わせて働いてくれない。あまりに多くの土を盛り上げるものだから、小さいネギは土の下に。結局、手で土を取り除くことに。それでもやはり去年よりは少し楽に。

イチイの木の巣箱でシジュウカラの雛が孵り、ここ数日ピイチクパーチク鳴いていたが、今朝は鳴き声が聞こえないと家人が言う。親鳥も飛んでくるが巣箱の中に入らない。ヘビに食べられたか。心配である。

                        ■

大盛況のオープンマイク。最初に入ってきたのは堀越ご夫妻。奥さんがカウンター越しに「四弘誓願を歌にしたんですってね」という。『追憶の60年代カリフォルニア』をアマゾンで取り寄せて読んでくださったとのこと。続いて昨夜「中谷勲」を録音して欲しいと電話をくださった坂本さんとお友だち2人。それで最初にぼくが「中谷勲」と「私は風の声を聞いた」を歌い、怒涛のオープンマイク、スタート。

先ず、原田和恵さんにお願いする。「ラルゴ」と丸山さんが好きだという「G線上のアリア」の心落ち着く演奏、そして岩谷時子訳の「アメイジング・グレイス」。最後のヴァースは「驚くばかりの恵なりき・・」という賛美歌の定訳だった。次に堀越哲朗さんと芳江さん。先ず、タゴールが書いたという歌を、芳江さんが、哲朗さんのエスラジに合わせて歌う。エスラジの音色といい歌声といい実に豊かな響きである。2曲目は哲朗さんのラーガの演奏。初めてエスラジを聞く方も何人もいて、ステージが見える場所に移動し興味津々聞き入っている。

丸山俊治さん、「あの道この道」、そして新曲「チャンチャラおかしい」など3曲。新曲は最近の政争を揶揄した歌。「嘘つきはペテン師」だというが、首相をやめたら、引退するといっておきながら、その約束を反古にしたのはどなった?というようなヴァースもあった。森西ふみさん、「流浪の民」「田舎のおばあちゃん」など3曲。藤森和弘さん、「今日は土曜日」「片想い」、そして「青春II」。前半最後は、名取由紀子さん。震災のその後について、また勤めている小学校の運動会などについて語ったあと、「赤いスイートピー」と「オリビアを聴きながら」をメドレーで。特に後者の演奏がよかった。前者の演奏には客席からも歌声が。ここで休憩。スピーカーからはイアン&シルビア。









休憩時間には、原田さん差し入れの「フルーツ寒天ゼリー」、それに武居先生からの大福餅、名取さんからのGovida の季節限定チョコレート。わが家の畑でとれたイチゴも少し。

後半は、赤羽真理さんから。「人生の海の嵐に」、そして「千両梨の実」。今日は聖書の一句が入っていた。続いて久々登場、水野哲男さん。「君の声が聞こえない」と「錆びた耕運機」。この歌のモデルの耕運機は、彼が子供のころから箕輪町の追分に長い間置き去りにされていたが、最近見かけなくなったとのこと。ここで、坂本生子さんに、「東日本・栄村大震災体験談を聞こう!」のイベントについて語ってもらう(詳細は下記)。

そのあと、原田さん。「あなたのなされることは」と「トロイメライ」の演奏。前者は「伝道の書」の一節から。丸山さん、新曲「70歳になったのだ」。会場爆笑の渦。カウンターにすわっていた原田和夫さんは、この歌の言葉にずっとうなずき通し。この歌は丸山さんの最近の歌の中では最高傑作。5月21日に70歳になったとのこと。ボブ・ディランはその3日後に70歳。名取芳夫さん、やおらハーモニカを取り出し、なにやら吹き始めた。「山小屋の灯」のメロディ、そしてその歌を歌う。ハーモニカも歌もよかった。最後にもう一度ハーモニカで締めたらもっとよかったかも。

藤森(和)さん、「空を飛ぶ鳥のように野を駈ける風のように」。上手い。「歩きだせ いますぐに/その胸に 夢を抱いて・・」、高音が見事にのびてきれいだ。森西さん、「友達は大事やで」。この歌の作者が6月26日、伊那のポッケにくるようである。次に堀越ご夫妻。哲朗さんが「震災の前と後では、同じ歌であっても違って聞こえてくる」という主旨のことを話し、エスラジの演奏に合わせて芳江さんが「時代」を歌う。今夜のオープンマイクにはいくつものハイライトがあったが、この歌もそのひとつ。

最後に登場は、藤森敬一さん。ご存知、「おーい、ニッポン」長野県の歌のグランプリを獲得し、「君とここで暮らしたい」をリリースしたシンガー。今夜は「石の風車」と新曲「落葉(らくよう)」。拍手鳴りやまず、アンコールで、日本人と結婚して長野に住むタンザニアの女性の話をもとに書かれた「シーシー・ソーテ・サワサワ(私たちはみんな同じ)」。久々に藤森(敬)さんの歌を聞かせてもらったが、その作品の格調の高さと歌唱力に改めて感銘を受ける。特に新曲「落葉」は、10数年前になくなったお父さんが延命治療ゆえに受けた苦しみを見て、自分が死んでいくときには延命措置は不要と歌う歌。落ち葉が落ちるように、握った君の手をそって離して、死んで生きたい、という内容。何故か、白洲次郎の「葬式無用、戒名不要」という遺言を思い出した。

ほぼみなさんがお帰りになったあと、ぼくが最初に歌ったとき写真を撮ってなかったので、それに藤森(敬)さんに聞いてもらいたかったので、「中谷勲」を歌う。

みなさんのおかげで素晴らしいオープンマイクになった。感謝。

                        ■

  「東日本・栄村大震災体験談を聞こう!」
  
  日時:6月26に(日)午後1:30分〜
  会場:辰野町老人福祉センター2階
  参加費:義援金のカンパ
  話して下さる方:青山義恵さん、保坂公昭さん、三澤顕介さん

  主催:NPO法人辰野自立生活支援の会あかり
  共催:辰野町ボランティアセンター、辰野町防災研究会

  *いわき市出身の青山さんは坂本さんのお姉さんで、被災されたあと避難所生活を経て、現在辰野町在住とのこと。


June 3, Friday 2011

オーリアッドの看板の蛍光灯が古くなり点滅するようになった。またヒイラギの枝が伸びて、看板が見えなくなっていた。午後、電動ノコとヘッジトリマーを持ってオーリアッドへ。その前にコメリへいき、新しい蛍光灯を購入。柊は思い切って低くした。ちょっと低すぎたかなとも思うが、すぐにまた伸びるだろう。看板の枠をはずし、蛍光灯を2本換える。

明るくなった。6時に看板のスイッチを入れる。暗くなってから見ると、それがよくわかる。

遅くなって、歌の練習。「中谷勲」と「六朗」。そこへ電話。3月に「お話を聴く会」で歌った「中谷勲」と「旅立つおまえに」を録音してもらえないかとのこと。「中谷勲」は現在手直し中。数日のうちに完成させ、録音したいと思う。

主婦の合唱同好会の発表会にオーリアッドを借りたいという電話も今夜あった。オーリアッドがみなさんに利用していただけるのはありがたいこと。


June 2, Thursday 2011

朝から雨。それに肌寒い。しかし、午後、教室から外に出ると薄日が射していた。明日はいい天気になるだろう。

オーリアッドに着くと原田さんが家人と将棋をしていた。実は家人はぼくの将棋の先生。京都にいたころ、夏の終わり、雨降りの日、将棋をしようということになり、駒と盤を買いにいった。子供のころ指し方ぐらいは覚えたが、その後長い間しなかったので、駒の基本的な動きも忘れていた。おじいさんと将棋をしていたという家人に教えてもらって、将棋を指すようになった。最初は彼女に歯が立たなかったが、悔しいので、本を買って、矢倉とか四間飛車とか穴熊とか、基本の型を覚え、徐々に勝てるようになった。

当時は勤めていた短大でもよく事務局の方々や先生方と将棋を指したもの。夜、ベッドに横になって目をつぶると、将棋盤が浮かんできて眠れないことがあったほど。それからまた長い間、将棋から離れていたが、原田さんのおかげで、また指すようになった。原田さんにはまだなかなかかなわないが、それでも5回に1回ぐらいは勝てるようになった。

遅くに、一人のお客さん。バンダナを頭に巻いた見覚えのある顔。数年前、製氷機を直してくれた業者の方。彼は歌も歌っていて、ぼくの「千の風」を歌詞を見ないでも歌えるとのこと。歌ってもらうと、ぼくのメロディと微妙に違うことろがいくつか。そこが実に新鮮。そのあと四方山話。気がついたら、12時をまわっていた。いつか土曜日に歌いにきてもらいたいもの。娘さんは21歳で声楽を学んでいるという。是非、彼女にも。


June 1, Wednesday 2011

午前中、小雨の中、新しい畑の山際の草を、ここに小屋を建てたら面白いだろうと思いながら、刈る。かなりの面積がある。そのあと、家の裏の草を刈り、蕗を採る。ここの蕗はあく抜きをしなくても食べられるので便利だ。

偶然見たYouTube に心動かされた。
http://www.youtube.com/watch?v=AW579icDRSA&feature=related

この上の映像を先に見たのだが、これには日本語の字幕がない。同じものではないが、次のものは字幕つき。映像としては最初に見たほうが好き。ぼくに技術があれば、この映像に字幕をつけるのだが。

いずれにしろ、ニックというこの若者はすごい。この映像を見たら、セキギョク的にならざるをえない。些細なことに悩んでなんかいられない。転んだら立ち上がればいい。
http://www.youtube.com/watch?v=Ak60leHW5QI&NR=1&feature=fvwp

夜、オーリアッド。スピーカーからは Ian & Sylvia。次のYouTube は Four Storng Winds。 彼らの歌う Tomorrow Is a Long Time が好きだ。
http://www.youtube.com/watch?v=wjfTDPhMdTk&feature=related


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