次郎


詞:井口喜源治、曲:三浦久

水豊かなる万水(よろずい)の
ほとりにわれは生まれけり
河辺の柳うちけぶり
すみれの匂う春の朝
雲雀の声に夢さめて
雀の巣をばあさりつつ
水鶏(くいな)の雛(ひな)のあとを追い
世のさま知らで過ごしけり

芦の葉末に風そよぎ
木の葉かつ散る秋の暮れ
夜長の夢のさえさえて
眠りかねたる折りからに
乗り下しゆく川船の
欸乃(ふなうた)耳にひびくとき
人の浮世のある意味を
くるしき胸におぼえたり

幾とせぶりに帰り来て
今又橋の上に立つ
水の流れを見るにつけ
果敢(はか)なかりけるわが身かな
富みて栄えて名をあげて
故郷人に誇らんと
思い定めていで立ちし
熱き血しおも冷えにけり

心のあえる友人も
高根に降れる雨水の
あなたこなたに分れゆき
異なる海に急ぐごと
一つ梢に宿りぬる
小鳥もあらき朝風に
東と西に飛ぶがごと
離ればなれになりにけり

みめ美しき歌い女の
花の姿にくらべては
たからも富も妻も子も
尊からじとなげうちて
人の諌(いさめ)も世の道も
引きかえすべきすべをなみ
熱き刃に身をやきて
恋に失せたる友もあり

浮かべる雲の富を追い
旅より旅にさすらいて
人なき島に漂いて
鬼住む山にわけ入りて
水にうつれる月影を
ましらのねらうさながらに
心もとげでとつくにに
悶えくるしむ友もあり

猛き心の梓弓
ひきかえさじと独り身に
太刀とりはきて銃(つつ)おいて
野越え山越え海越えて
夷(えびす)のすめる里に入り
刃向かうものと戦いて
いかになりけん天雲の
たより知られぬ友もあり

黒髪ながく肌白く
眉目あざやかに生まれ来て
恋しゆかしなつかしき
狂い心のもつれては
ときすてがたき罪の糸
藻にすむ虫のわれからに
かなし恥しうらめしき
たつきに泣ける友もあり

鉛の心、鉄のむね
ただ銅(あかがね)のよくに飽き
金の時計に金ぐさり
金のゆびわに金モール
瞋恚(しんに=怒り)の炎もえたけり
ねたみのけぶりうずまくを
いとかしこげにつつみつつ
いや時めける友もあり

ああ人の世のさまざまや
草葉に宿る白露を
かざしの玉と誰かみる
鎌倉山の星月夜
野菊の栄えと誰か知る
浮き世を夢とさとりては
幼なじみのこの川の
ほとりに安く過ごさばや


 1.万水:万水川、よろずいがわ
 2.水鶏:くいな、ツル目クイナ科の鳥
 3.欸乃:あいだい、あいない、舟唄
 4.すべをなみ:術もなく
 5.ましら:猿
 6.とつくに:外国
 7.梓弓:「イル」「ヒク」「ハル」などの枕詞。次行「ひきかえさじ」にかかる
 8.太刀とりはきて:太刀をとって腰につけ
 9.銃おいて:銃を背負って
10. 夷:えびす、異民族
11.藻にすむ虫の:虫のワレカラ(割殻)と「われからに」にかかる序詞
12.われからに:自分が原因で
13.たつき:生計
14.銅:あかがね、お金
15.よくに飽き:欲を貪り
16.瞋恚:しんに、しんい、怒り
17.かざし:挿頭、髪や冠に挿した花や木の枝

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